【ギネス世界記録】58歳で水深-100mへ「年齢は関係ない」と証明した男——フリーダイバー・原哲雄インタビュー

58歳235日という世界最高齢で水深-100mに到達し、ギネス世界記録に認定されたフリーダイバー・原哲雄氏。フリーダイビングにおける”3桁”という大台は、多くのダイバーにとって憧れであり、大きな壁でもある。

その領域に到達するのには、やはり平坦ではなかったという。そこに至るまで、そして夢を達成した本人は、何を考え、何を感じていたのか。

この記事でわかること

  • 58歳で水深-100mに到達したフリーダイバー原氏の思考とトレーニング
  • 年齢を重ねても記録を伸ばせる理由と、そのリアル
  • フリーダイビングの本質——深さではなく「自分との向き合い方」

原哲雄(はら・てつお)Profile

原哲雄(フリーダイバー)

湘南を拠点に活動するフリーダイバー。ウィンドサーフィンをきっかけに海と深く関わり、2007年頃からフリーダイビングに取り組む。着実に記録を伸ばし、2025年にはフィリピン・セブで開催された大会にてコンスタントウェイト(CWT)で-113mを達成。58歳235日で水深-100mを超えた世界最高齢男性としてギネス世界記録に認定された。年齢にとらわれない挑戦を体現し続けている。

Instagram:@tetsuo_hara

「年齢を理由に諦める必要はない」

ギネス挑戦の理由

——まず、ギネス記録認定おめでとうございます! 今回のギネス記録は「世界最高齢でCWT-100m」ですが、実際は-113m潜っていると聞きました。この記録について教えてください。

原氏

ありがとうございます。実は認定される前の年の同じ大会で-110m潜っていたので、もう少し深い数字で申請しようと思っていました。ですが、ギネスの事務局から「区切りのいい数字じゃないとダメ」と言われ、「-100m」という基準になりました。細かい数字だと記録が乱立してしまうからだそうです。なので、実際の記録は-113mなんですけど、「CWT-100mを超えた最高齢の男性」という形で認定されています。

でも本当は-116mを狙ってたんです。日本記録の-115mを超えたくて。

原哲雄 ギネス世界記録達成時

2025年8月フィリピン・セブ島で開催された国際フリーダイビング大会Double K IDA 16th Depth Challengeで達成したCWT -113mで、「58歳235日でCWT-100m以上を潜った世界最高齢男性」としてギネス世界記録に認定された

——なぜギネス記録の認定に挑戦したのでしょうか?

原氏

-100m以上潜る選手って、だいたい30代から40代前半なんです。僕の年代はほとんどいない。だから、「年齢を重ねても行ける」というのを知ってほしかったですね。

僕自身、特別な体ではないし、耳抜きも苦労してます。それでも継続していれば行ける。しかも湘南みたいに流れもあって透明度もそこまで高くない海で練習していても、行けるんだと。それは世界の人に伝えたかったことですね。

実際にギネスに認定されて、同世代の人たちから「まだ続けようかな」とか「俺もやろうかな」っていうメッセージをもらえたのは、すごく嬉しかったです。

浮上後に審判にOKサインを送る原氏

-113m達成時の写真。浮上後に審判に正しい手順で「I am OK」とOKサインを送り、取ってきたタグを見せて、そのダイブが成功かどうか判断される

水深-100mは「別世界」

大きな夢を叶えたその後

——-100mってどんな世界なんでしょうか。

原氏

僕は10回-100m以深へ潜っているんですが、場所によって全然違います。透明度の高い海だと、どんどん青くなっていって、すごく遠くに来た感じ。まさにグランブルー。

でも湘南のように透明度の低い、暗い海だと、完全に別世界です。ライトが照らす1m先くらいしか見えなくて、ロープしか見えない。あれはもう、宇宙に行って帰ってきたような感覚です。

——怖いという感覚は?

原氏

怖さはないですね。ただ静けさと、非日常があるだけです。

CWT-113mから浮上中の原氏

CWTで-113mから浮上中の原氏

——初めて-100mに到達した時はどんなお気持ちでしたか。

原氏

-100mに到達した時って、実はあまり感動しなかったんですよ。練習であっさりいけちゃって。「あれ?こんなもんだったっけ」って。

夢を叶えるために努力をしてきたのに、超えた瞬間に夢じゃなくなるんですよね。現実になってしまう。

だから次の”夢”を設定するのがすごく難しい。「-116mを潜って日本記録を達成する」とかは目標にはなるけど、長いこと目標にしていた「-100mに到達する」みたいな大きな夢とはまた違う感覚ですね。

オリンピックで初めて金メダルをとったスポーツ選手とかも同じ気持ちなのではないかと思います。ここは自分自身まだ心の整理がついていないところですね。

-100mに到達し夢を叶えた原氏

-100mに到達し、夢を叶えた

50代でも、伸び続けるパフォーマンス

限界は「理解」で超えられる

——20年近く競技を続けていらっしゃいますが、年齢を重ねて身体の変化などは感じますか?

原氏

体力が落ちたという感覚はないですね。むしろ昔より上がっているかもしれません。昔は-90m潜ったらヘロヘロで、昼寝をしないと回復できなかった。でも今は毎週-80〜-90m潜っても平気です。もちろん、疲労の回復は少し時間がかかるようにはなりましたけど。

フリーダイビングの深度競技って、年齢を重ねる中で積み上がる経験が大きい競技でもあるんです。海は自然が相手なので、海況、水温、流れ、透明度——全部毎回違う。そういう環境にどれだけ対応できるか。それは経験を重ねるほど強くなる部分だと思います。

原氏のホームである湘南での練習風景

原氏のホームである湘南での練習風景

——競技を続ける中で、限界を感じることはありましたか?

原氏

まだフリーダイビングを始めたばかりの頃、-27mで耳抜きができなくなって、それが限界だと思っていました。当時は今みたいに情報もなくて、正しい練習法もよく分からなかったので、完全に手探りで。一度海の競技を休んでいたこともあります。

ですがある時友人が「マウスフィル」という耳抜きテクニックがあると教えてくれて。それを見よう見まねでやってみたところ、記録が伸びていったんです。

2012年の大会でCWTで-70mに到達し、そこから毎年記録を伸ばしました。

横隔膜のストレッチをはじめ陸でもトレーニングを積み重ねる原氏

横隔膜のストレッチをはじめ、陸でもトレーニングを積み重ねていった

——特に2023〜2024年にかけては-97mから一気に-13m記録を伸ばし、-100mの大台を超え、-110mに到達されています。何か大きな変化があったんでしょうか。

原氏

2023年にアンドレア※1の耳抜き講習を受け、すでに身についていたマウスフィルに加え、自己流だったフレンツェルテクニックを正しく理解しました。大深度の終盤を支えるそのテクニックを、毎週海で少しずつ修正していったんです。それだけでなく、フィンスイミングの日本代表の経験のある池口貴雄さんに泳ぎ方を教わり、フォームが改善しました。

その結果、-97mのときとほぼ同じダイブタイムで-110mまで潜れるようになりました。つまり、無駄な動きが減って効率が上がったんです。大事なのは、自分の記録を制限しているボトルネックが何かを見極めることです。あれもこれも練習するのではなく、いま一番足を引っ張っている部分に絞って改善していく。今って僕が始めた頃と違って、一流選手の講習はいくらでもあるし、YouTubeでも学べるので、自分に今足りないものを正しく見極めて、それに合った練習ができれば、伸び代はいくらでもあるんじゃないかなと思います。

1 アンドレア(Andrea Zuccari):イタリア人フリーダイバーであり、耳抜き技術の指導者として世界的に知られる

1年で-13m記録を伸ばし-110mに達成した原氏

1年で-13m記録を伸ばし、-110mに達成した原氏

安全と挑戦のバランス

——安全と挑戦のバランスについては、どのように考えていますか。

原氏

プロの選手だと大会の1ヶ月前から現地に入ることもありますが、僕は仕事をしながら競技を続けているので長く現地で調整することはできません。早く入れても1週間前、場合によっては大会初日から入ることもあります。なので、普段の練習では無理に限界を追わず、安全を優先して本番につながる準備を積み重ねるようにしています。本当に記録を狙って限界に挑むのは大会だけです。大会は世界トップレベルのセーフティ体制が整っているので、安心して限界に挑戦できます。

普段の湘南での練習でしっかり土台を作り、その延長線上で大会でどこまで伸ばせるか挑戦する。その組み立てが安全と挑戦を両立するうえで一番大事だと思っています。

——大会での挑戦を支える要素として、周囲のサポートについてはいかがですか。

原氏

大きいですね。浮上したときに「呼吸して!」としっかり声をかけてもらえるだけでも安心感が違います。今回の挑戦ではこれまでもトレーニングを一緒にしていて、ジャッジとしても活躍している河野美絵さんがコーチとしてサポートしてくれて、とても心強かったです。

ギネス記録達成時にコーチとしてサポートした河野美絵氏(右)と

ギネス記録を打ち出した際にコーチとしてサポートをした河野氏(右)と

日常とフリーダイビングの本質

——日常生活で意識していることはありますか?

原氏

身体が硬いのでストレッチは毎朝やっています。横隔膜や肺周りを特に。大会の2〜3ヶ月前からはお酒を控えたり、消化に時間がかかるものを避けたりもします。

——かなりストイックな生活になるのでしょうか?

原氏

いや、そこはメリハリですね。本番が終われば普通にお酒も飲みますし(笑)。春くらいになってからスイッチが入る感じです。

——フリーダイビングを続けている理由は、どこにあるのでしょうか?

原氏

やっぱり海に潜ること自体が好きだからですね。海って、自分の心と身体が整っていないと受け入れてもらえない場所なんです。コンディションが整っていないと、自分の目指す深度にも到達しないし、気持ちもついていかない。だから日々の練習を通して自分を整えていく。そのプロセスがとても楽しいんです。

——海ならではの魅力はどう感じていますか?

原氏

海はプールとは全然別物ですね。光の差し込み方も違うし、浮遊感も違う。それに海は毎回コンディションが違う。流れや水温、サーモクライン、透明度。いざ行ってみないとわからない。その不確実さも含めて海には特別な魅力があると思います。

さまざまな環境で潜る原氏。時には流氷の下で潜ることも

さまざまな環境で潜る原氏。時には流氷の下で潜ることも

フリーダイビングという”道”

——フリーダイビングを通して、ご自身の価値観に変化はありましたか?

原氏

ありましたね。もともとはウィンドサーフィンをやっていて、勝ちたい気持ちが強いタイプでした。でもフリーダイビングを続ける中で、関心は少しずつ外ではなく自分の内側に向くようになりました。人に勝つことより、自分を整えること、自分の課題と向き合うことのほうが大事になっていったんです。

——では、今は何を大事にしているのでしょうか?

原氏

自分を整えて、海に受け入れてもらうこと。そのために日々準備をして、その結果を海で確かめること。その繰り返しが楽しいですね。

フリーダイビングはスポーツでありながら、自分にとっては武道に近い感覚かもしれません。終わりなく自分と向き合い、少しずつ高めていく道なんだと思います。

——これからフリーダイビングを始めたい人に伝えたいことはありますか?

原氏

フリーダイビングは、深く潜れる人が偉いスポーツではありません。-5mでも-10mでも、自分の限界の中で潜って、その中で少しでも成長を感じられればそれでいい。海の中では重力から解放されて、日常からも離れられる。その感覚こそが一番の魅力だと思います。

それに、一人ではできないスポーツなので、同じ熱量を持った仲間と出会えるのも大きい。人の成功を自分のことのように喜べる、そういう関係が生まれるのも魅力です。

同じ海でトレーニングをするフリーダイビング仲間たち

同じ海でトレーニングをするフリーダイビング仲間たち。年齢や立場の違いはあれど海に対する熱量は同じ

——年齢について迷っている人も多いと思います。

原氏

年齢については、僕が証明していると思うので。とくに気にする必要はないと思います。

——今後の目標について教えてください。

原氏

まずは日本記録の-116mですね。達成できなかった目標なので、引き続き挑戦したいと思っています。あとは毎年-100mを超え続けて、ギネス記録も更新していきたい。このレベルを長く維持すること自体が難しいので、どこまで続けられるのか、自分でも楽しみですね。

原氏の挑戦は、58歳で-100mという記録そのもの以上に、多くのダイバーにとって大きな意味を持つものだったのではないだろうか。年齢や環境に関係なく、正しい努力を積み重ねていけば、着実に前に進める。そのことを、実体験をもって示してくれた。

フリーダイビングは深さを競うだけのものではなく、自分自身と向き合いながら続けていくスポーツだ。だからこそ、これから始める人にも、すでに続けている人にも、それぞれのペースで楽しみながら続けてほしい。

原氏の言葉や姿勢は、きっとその一歩を後押ししてくれるはずだ。

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PROFILE

IT企業でSaaS営業、導入コンサル、マーケティングのキャリアを積む。その一方、趣味だったダイビングの楽しみ方を広げる仕組みが作れないかと、オーシャナに自己PR文を送り付けたところ、前社長と当時の編集長からお声がけいただき、2018年に異業種から華麗に転職。
営業として全国を飛び回り、現在は自身で執筆も行う。2020年6月より地域おこし企業人として沖縄県・恩納村役場へ駐在。環境に優しいダイビングの国際基準「Green Fins」の導入推進を担当している。休みの日もスキューバダイビングやスキンダイビングに時間を費やす海狂い。

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