【解説・撮影データあり】水中写真家・上出俊作が「10㎜以下のマクロ撮影術」を伝授! (後編)きれいでかわいいマクロ写真の秘訣
10月7日(金)~10月20日(木)、富士フイルムフォトサロン 大阪で写真展「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」を開催中の水中写真家・上出俊作氏(以下、上出氏)。
上出氏は「10㎜以下のマクロ生物」の撮影をライフワークとして、数々の作品を発表しているが、美しくも愛らしいマクロ生物の写真はどのように撮られているのか。
上出氏直々に撮影術を伝授していただくこの特集、前編では被写体の探し方やピント合わせのコツなどの基本テクニックを紹介してきたが、後編では上出流マクロ撮影の秘訣をさらに深掘りして伺っていく。
前編を読む:【解説・撮影データあり】水中写真家・上出俊作が「10㎜以下のマクロ撮影術」を伝授! (前編)小さな生き物の撮り方の基本
海の生物の愛らしさを引き出す“上出マジック”をもっと知りたい
今年6月に上梓された上出氏の写真集『陽だまり』。写真集のページを広げた瞬間、魚と目が合った。そしてその表情の愛らしさに、筆者は思わず「かわいい~」と独りつぶやいてしまった。
水中写真のマクロ撮影にはいろいろな技法がある。背景を暗く落として、被写体を際立たせる撮り方もカッコいい。しかしカラフルなものが好きな筆者は、背景の色を美しく出す上出氏の写真に心ひかれた。
被写体となる生物のかわいい表情、そしてそれを彩る色鮮やかで美しい背景。この2点こそが上出氏のマクロ作品の真骨頂ではないだろうか。海の生物の愛らしさを引き出す“上出マジック”ともいえる撮影法を、さらに詳しく教えてもらうことにしよう。
LESSON3 かわいい表情をおさえる~生き物と視線が合うことを意識しよう~
海の生き物、特に魚たちは犬や猫などの哺乳類に比べると表情は乏しい。筆者は今までそう思っていた。しかし上出氏の作品を見ていると、魚にも表情ってあるんじゃないかと思えてきた。どうしたら上出氏のように、愛らしい表情をとらえた写真が撮れるのだろうか。
上出氏
僕が水中写真を撮るときは、「自分の心が動く」っていうのが出発点になっています。「かわいい」と思うから撮る。自分の気持ちに正直になることが大切です。「かわいい」のほかにも「きれいだな」「カッコいいな」などと思って撮るときもあります。しかし「珍しい生き物がいる」と教えてもらっても、自分が心を動かされなかったら撮影しないですね。
心が動くことによって「もっとかわいく撮ってあげられるかな?」などと、イマジネーションが膨らんでいきます。でも人から勧められた被写体だと、イメージが膨らんでいかないですね。
人の心を動かす写真。それは撮影者が心を動かされて撮っているからこそ、見る人にその感情が伝わるのだと改めて納得だ。そのかわいさを表現するための撮影テクニックの秘訣はあるのだろうか。
上出氏
一番わかりやすくて簡単なのは、魚など生物の真正面に行って、両眼が入るように撮る。こうすると、魚と見つめ合っているような雰囲気が出やすいんです。「魚がこっちを見ているように見せる撮り方」です。
そしてさらに魚の目線まで、自分の目線を下ろしてみましょう。下からあおることで、魚と目線を合わせている感じがさらに表現できます。上から見下ろすように撮ると、魚図鑑のような説明的な写真になってしまいます。
【作例1】
上出氏
【作例1】は、魚の目線まで自分の目線を下ろして、下からあおるようにして撮っています。特にハゼの仲間などは正面下からあおって撮ると、下膨れしたような顔になり、かわいく撮れます。
ここで大事なのが、目に確実にピントを合わせること。ピントが合っていないと、見ていて気持ちの悪い写真になってしまいます。前編でピント合わせのコツを紹介しているので、そちらも参照してください。
あとファインダーやモニターを見ながら、カメラの位置を少しずつずらしていって「どこから撮ると一番かわいく撮れるか」、ベストなアングルを探してみましょう。少しカメラの高さや角度をずらすだけで、魚の表情の見え方が違ってきます。
LESSON4 背景の選び方、表現方法~特にきれいな場所を探す~
上出氏の作品の大きな特徴が、被写体を引き立たせる背景の美しさだ。被写体のかわいらしさが浮き出してくるような背景を、上出氏はどうやって選んで撮影しているのだろうか。
上出氏
背景の選び方、撮り方には、大きく分けて二通りあります。まずものすごくきれいな場所を探して、そこで撮る方法。もうひとつがそれほどきれいな場所ではないけれど、アングルやライティングを工夫してまとめる方法。写真展の作品には、そのどちらも入っていますよ。
【作例2】
上出氏
【作例2】はきれいな場所で被写体を探して撮ったものです。これはウミシダを背景に選んでいますが、同系色のヒマワリスズメダイが泳いでいたので、良い感じに撮れました。
ウミシダのほか、ソフトコーラル、イソギンチャク、壁に付いているカイメンなどは色や造形が美しいので、背景に選ぶことが多いです。
背景が美しい場所を見つけても、何もいなくて撮れないことだってよくあります。何かいたらラッキー。きれいなチャツボボヤなどを見つけると「ここにハゼがのっていたら最高だな…。あ、いた! よし撮るぞ‼」なんて感じで撮影しています(笑)。
この方法で撮影するには、どこにどんな生物が生息しているのか、被写体の生態に関しての知識も必要になるだろう。
上出氏
でも、よほどトンチンカンな場所を選ばなければ、何かしら被写体となる生物を見つけて撮影できますよ。あ、でも写真展や写真集の作品は僕の5年間の集大成なので、まあ一朝一夕には同じような写真は撮れないかもしれませんが…(笑)。
【作例3】
上出氏
こちらはアングルとライティングできれいな背景に見せた作例です。砂地に死んだサンゴが点在しているような背景だったのですが、ハナヒゲウツボの黄色と青色の体色が際立つように、明るく飛ばして撮影しました。
背景があまりきれいでない場所でも、フワッと明るくすればシンプルに見せられ、被写体を際立たせることができる。この撮影方法であれば、背景を選ぶことに苦労しなくて済みそうだ。
上出氏
普通ストロボは、主役となる被写体に強い光が当たるようにしますよね。しかし背景も明るく撮ろうとすると、被写体がハレーションを起こしてしまいます。そこで僕は背景になる部分に強い光が当たるようにして、被写体には弱く当てるように撮ることもあります。ただこれは背景と被写体が離れていないとできないので、どこでもできる撮影方法ではありません。
なるほど。上出氏の様々な試みの結果、きれいな背景とかわいい被写体の絶妙なバランスが取れた作品が生み出されているのだと、筆者は改めて感心した。
LESSON5 ダイビングスキル&撮影マナー~環境配慮の基準は自分で決める~
最後のテーマになるが、上出氏が水中で撮影するときに心がけていること、身につけておきたいダイビングスキルや撮影マナーについて伺ってみた。特に上出氏のように10㎜にも満たない小さな生物を撮影する場合、被写体への近づき方などで気をつけていることはあるのだろうか。
上出氏
急に近づいたら、生き物が逃げていくのは当然です。でも魚たちもダイバーに少しずつ慣れてくれるんですよ。最初はすぐに逃げてしまうスズメダイも、少しずつ近づいて15~20分くらい経つと、僕らの存在に慣れてきてくれます。イバラカンザシだって慣れてくれますよ(笑)。静かにゆっくり時間をかけてアプローチしていくことが大事です。
【作例4】
上出氏
【作例4】のハタタテハゼは、まずは少し離れたところから観察して、動きの癖や好きな場所を把握。そこから、どこを背景にすればきれいに抜けた感じになるかを考えました。
きれいな背景で抜ける方向が決まったら、体勢を低くして、忍び寄るように、ゆっくり寄っていきます。この時、息を吐きながら寄らないようにします。少し寄ったら、一度止まって静かに息を吐く。寄れたら、ハゼが自分の撮りたい場所に来るのを待って、来たら撮る。追いかけないで待つことが大事です。
被写体を見つけると、ついダッシュで近づいてしまうフォト派ダイバーの方は少なくないのでは。一息ついて、どのようにアプローチするかを考える余裕を持つようにしたい。
上出氏
撮影中のマナーについてですが「こういうことはしてはいけない。こういうことはすべきだ」と、人に言うのが僕はあまり好きではなくて。
ただ被写体を探すのに夢中になって、サンゴの上に乗ってしまったり、蹴飛ばして傷つけてしまったりするのは、当然のことですが避けたいですよね。自分でしっかり、環境配慮の基準を決めて行動することが大切だと思っています。
僕は撮影が終わったら、まずバーッとBCDに空気を入れます。そしてフィンを動かさずに浮いて、水底から離れるようにしています。もちろんそのままだと急浮上してしまいますから、少し離れてから空気を抜きますが…。被写体の近くからフィンキックして、泳ぎ去ることはしません。
上出氏は、水中写真はネイチャーフォトの一つのジャンルと考えているという。ネイチャーフォトの観点で考えれば、自然にダメージを与えないように配慮することは当然だ。
上出氏
あと最近気をつけているのは「撮らない選択をする」ということです。これから撮影を続けていくうえで、意識していかなくてはいけないと思っています。「撮ろう撮ろう、撮らなくちゃ」と思う気持ちや、それに伴う行動が、自然にインパクトを与えてしまうかもしれない。
上出氏は星野道夫氏を敬愛しているという。アラスカの大自然の中に入り、徹底してその空気感を大切に動物たちや風景を撮影してきた写真家、探検家だ。
上出氏
星野道夫さんの文章を読んだりしていると、自然の中に入って撮影することについて、いろいろ考えさせられます。これから先、水中写真を撮り続けていくうえで、海の生物と自分の間にできた空気感や絶妙な関係性を壊さずに撮影していけたらいいなと思っています。そのためには被写体を前にしていても、今本当に彼らを撮るべきなのか考えることも必要なのかなと。
今の若い方たちは環境への意識が高くなってきていますし、時代遅れな写真家にならないように(笑)、海と向き合って良い作品を生み出していければいいなと思っています。
前編、後編と2回にわたってお届けした水中写真家・上出俊作氏の「10㎜以下のマクロ撮影術」、いかがだったろうか。撮影のノウハウはもちろん、海という自然の中に身を置き、生き物たちへの愛を持って撮影している上出氏の思いも伺うことができ、とても興味深かった。
上出さん、ありがとうございました!
前編を読む:【解説・撮影データあり】水中写真家・上出俊作が「10㎜以下のマクロ撮影術」を伝授! (前編)小さな生き物の撮り方の基本
写真展「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」10/20まで開催中
今年6月に富士フイルムフォトサロン東京で開催されて大好評だった上出俊作氏の写真展が、大阪に場所を移して10月7日から20日まで開催中だ。東京展からガラッとレイアウトを変えたそうなので、またちょっと違った雰囲気で作品を楽しめることだろう。この記事を読んでいただき、上出氏がどんな想いで撮影した写真かを考えながら見ると、より面白みが増すはずだ。14日から最終日の20日まで上出氏は在廊予定なので、ご本人から作品の解説を聞いてみてはいかがだろうか。
■開催期間:2022年10月7日(金)~10月20日(木)
■開館時間:10:00~19:00(10月13日(木)および最終日は14:00まで/入館は終了10分前)
■会場:富士フイルムフォトサロン 大阪
大阪府大阪市中央区5 大阪市中央区本町2−5−7 メットライフ本町スクエア (旧 大阪丸紅ビル)1F
■入館料:無料
■主催:富士フイルム株式会社
上出俊作写真集『陽だまり』
判型:A4変形 ハードカバー
頁数:112ページ
収録作品:94点
印刷・製本:八紘美術
▶︎陽だまりスタジオOnline Store
▼関連記事
【解説・撮影データあり】水中写真家・上出俊作が「10㎜以下のマクロ撮影術」を伝授! (前編)小さな生き物の撮り方の基本
「青」のない海の世界を表現。初の写真集出版に合わせ個展も開催、水中写真家・上出俊作氏へインタビュー
水中写真家・上出俊作写真展「陽だまり レンズ越しに見つめた10mmの海」6/3より開催