編集部・セリーナのフリーダイビング挑戦記「経験0から日本代表を目指す!」(第6回)

【フリーダイビング経験ゼロから、遂に日本代表か!? @日本選手権】編集部・セリーナの挑戦レポvol.6

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3月4、5日の2日間を通して、静岡県浜松市にある「古橋廣之進記念 浜松総合水泳場」にて、「フリーダイビングプール競技 日本選手権2023」が開催された。本大会は、今年6月に韓国で行われるフリーダイビングプール競技 世界選手権「30th AIDA WORLD CHAMPIONSHIP in Jeju」の最後の代表選考を兼ねている。昨年上旬に「日本代表になって、世界大会に出場する」という目標を立てたocean+α編集部のわたくしセリーナにとって、勝負となる大会だ。果たして、目標は達成できたのか…。当日までの心境も綴りながら、大会の様子をお届けしていきたい。

日本選手権までの葛藤

大会の様子を紹介する前に、私のフリーダイビング史について少しお話ししたい。

私が競技を始めたのは一昨年12月。当初は、大会や記録会に出場するたびに自己ベストを更新できる嬉しさや達成感を純粋に味わいながら、楽しく競技に臨んでいた。しかし、昨年夏頃からか、仕事のことを考えてしまうが故の練習中の低い集中力や、息を止めことに感じる気持ちよさ以上の辛さ、乏しい知識の中で効率的な練習ができていないのではないかという不安、などネガティブ思考のオンパレードにより、記録は低迷。フリーダイビングが嫌になり、日本選手権2ヶ月前の今年1月の大会でDYNB(ダイナミック・アプネア・ウィズバイフィン)(※1)は、練習での自己ベストにも届かない122mだった。
※1 DYNB:息を止めて、2枚のフィンを使って泳ぎ、プールを水平方向に何m泳げるか

唯一の救いは、過去の長い競泳歴の中で、何事においても“山あり谷あり”であることを知っていたこと。なにかしらのスランプ突破方法は必ずあると、思ってはいた。そこで私は、「なんでフリーダイビングをやっているんだろう…」、とフリーダイビングを始めた原点を思い返してみた。

その答えはとてもシンプルで、「自分がワクワクするから」、「夢中になれるから」、「泳ぐのが好きだから」。好きだからやる、それだけだった。正直、「なんで日本代表になるという目標を公言してしまったのだろう」と思う時もあった…。しかし、「ポジティブな想いで始めたことに対してネガティブな想いを持つ必要などなく、楽しまないと損ではないか?」そんな思考に至った私は、モヤモヤしていた気持ちが吹っ切れた気がした。

日本選手権まで、残り2ヶ月

メンタル面がワンランクアップし、前向きにフリーダイビングに取り組むようになったが、そもそも今の私には、記録を伸ばすためのノウハウが少ない。だからまずは、私よりハイレベルな選手と一緒に同じ練習をさせていただこうと思った。実際にやってみると、「強くなるためには、このぐらいの負荷が必要なのか」、と自分の今までの練習の甘さを反省した。

あとは、意識したことは自分のベストパフォーマンスを発揮できるルーティーンを見つけること。記録を出すためには、“ここぞ”というときに自分のベストパフォーマンスを発揮できる状態でないといけない。何をどのようにやったら、自分はベストパフォーマンスを発揮できる傾向にあるのか。これを見つけるためには、繰り返しの練習(特に本番をシュミレーションした練習がいいかもしれない)あるのみ。いろいろな方法を試して、失敗もしながら自分に合うウォーミングアップを確立していく。私も最初は誰かの真似から始め、それを自分流にアレンジしていくうちに、「これかも!?」というものにたどり着いた。

大会までの残り2ヶ月、1〜2時間ほどの練習を週に3〜5回程度。。ときには仕事の昼休みを使って練習したり。やはり練習をする分だけ、新しい発見や学びも多くなる。練習で自己ベストを上回る記録を出すこともでき、少しづつ自信を付けていった。

大会前最後の練習も終わり、不安と楽しみな気持ちが入り混じる複雑な気持ち。ここまで来たら、楽しむことだけを考えようと覚悟を決めた。

日本選手権当日!1日目はDNFに出場

運命の別れ目となる本大会の会場は、静岡県浜松市にある「古橋廣之進記念 浜松総合水泳場」。東京から新幹線で浜松市に前日入りし、次の日に備えて早く寝ようとしたが、緊張でなかなか寝付けず、羊を数えた。

そして迎えた大会初日。会場へ行くと早速ジャッジ(競技ルールに基づいて違反がないか確認する審判員)やセイフティー(水中で選手の安全管理をするサポートダイバー)の姿が。選手より何時間も前に会場入りし、準備をしてくれているみなさんには、つくづく感謝。

広々とした、国内でも有数の大規模なプールだ

出場選手はというと、本大会は世界選手権の最後の代表選考も兼ねていることもあり、参加標準記録が設けられているため、出場できるのはその記録を突破した選手のみ。全国からトップフリーダイバー総勢40名ほどが集結した。

開会式。選手たちはリラックスした様子でジャッジ長の話を聞く

1日目は、午前にSTA(スタティック・アプネア)(※2)と午後にDNF(ダイナミック・アプネア・ウィズアウトフィン)(※3)が行われる。私は、DNFに出場する。練習での自己ベストは128m。125mほどの記録を出せれば、日本代表になれる可能性が高いと予想していた。日本選手権1発目の種目で、世界選手権への切符を掴んで安心したいものだ。
※2 STA:その場で何秒息止めができるか
※3 DNF:息を止めて、フィンを使わずに泳ぎ、プールを水平方向に何m泳げるか

STA

まず、午前中の種目はSTA。この種目はバディによる選手への声掛けなどのサポートも重要になる種目。日本代表を狙う選手たちも自己ベストを出すなど、確実に記録を残していった。

DNF

泳ぎ始める前は、練習での感覚や成功することをイメージし、自分が頭の中にやってくる不安と緊張を落ち着けようとしていた。

泳ぎ始める前は、練習での感覚や成功することをイメージし、自分が頭の中にやってくる不安と緊張を落ち着けようとしていた。

STAが終わったら、次は私の出番であるDNF。ウォーミングアップでは、普段の練習と同じことをして、自分の体調や感覚を確かめる。「この調子なら、練習と同じくらい、125mはいけそう…」、そんな気がした。

スタートのカウントがゼロになり、大きく息を吸って、スタート。

練習どおりに泳いでいく。予定通り125mを無事通過。しかしそのとき、息苦しさを通り越してどこまでも行けそうな気がしてしまった。マラソンで言う“ランナーズハイ”みたいなものなのだろうか。「もう少し記録を伸ばしておいた方が確実に日本代表になれるんじゃ…」という思いが頭をよぎり、練習では到達したことない144mで浮上した。しかし、これが仇となった。わずかにLMC(※4)気味で筋肉が痙攣し、浮上後のSP(「I’m OK」までの一連の動作)を正確に行うことができず、レッドカード(失格)。DNFでの世界大会出場は一瞬で絶たれてしまった。

「もう少し、早く浮上していれば」、「浮上後のリカバリー呼吸の練習をもう少しやっておけば」。悔しさが込み上げてくる。

144mは日本代表に選出される記録だったものの、記録が残らなければ意味がない。これがフリーダイビングの厳しいところで、欲を出して未知への挑戦をし失敗すると、記録が残らない可能性が高い。練習ならまだしも、一発勝負の本番ではハイリスク。私は、経験不足が故に本番で失敗してしまった…。本当に悔しい。

実際の映像はこちら(私は手前から二人目)

※4 LMC:ロスト・モーター・コントロール。極限まで息を堪えてしまうことで、浮上直後に脳の酸素欠乏が起き、身体の動きがコントロールできなくなる現象。数秒で回復することもあれば、そのままブラックアウトすることも。

1日目終了後は、多くの先輩フリーダイバーにも励ましていただいたが、夜はホテルで一人落ち込んだ。

大会2日目!DNYBに出場

今年の世界選手権に行けるか行けないかが決まる、ラストチャンス。「絶対に同じ失敗はしない」、そう自分に言い聞かせて、気持ちは切り替え済み。この日の種目は午前にDYNB、午後にDYN(ダイナミック・アプネア・ウィズフィン)(※5)。私はDYNBに出場する。

※5 DYN:息を止めて、1枚の大きなフィンを使って泳ぎ、プールを水平方向に何m泳げるか

DYNB

私は昨日の反省を活かし、あらかじめ浮上する地点を176mと決めておくことにした。今の私は、これ以上の距離に挑戦するだけの経験値はなく、練習での自己ベスト(174m)+2mが妥当だと思った。176mまで泳ぐことに関しては、おそらく練習通りにやれば大丈夫。しかし、もし他選手が私を上回る良い記録を出したら、世界選手権にはいけない。賭けではあるが、176mで勝負をすることにした。

ウォーミングアップでは、昨日と同じように普段のルーティンをやる。スタートの時間が近づき、自分のレーンに入る。緊張は最高潮だ。身体と心を信じて泳ぐしかない。

一番手前。176mで浮上し、SPをスムーズにやっている良いイメージだけを考える

スタートして早々、とても気持ちよく泳ぐことができている感覚がした。150m通過、そして176m…。予定通り、浮上!(欲を出さず浮上した自分を褒めたい)そしてSPは…。

無事にできた!

そして、念願のホワイトカード獲得!!

実際の映像はこちら(私は一番手前)

しかし、まだ油断はできない。私の後にもハイレベルな選手が控えていたため、固唾を飲んで見守った。皆同様に日本代表になるため、この大会に懸けているのである。ピリついた真剣勝負だ。

すべての選手の競技が終わり、私の記録は日本ランキング4位以内(世界大会優待選手を除く)に入ったため、世界選手権への切符を無事に獲得することができた。そのときに感じた達成感はなんとも言えない嬉しさだった。

DYN

私の競技は終了したが、まだ最終種目のDYNがある。フリーダイビング・プール競技の中で、最も長い距離を泳ぐ花形だ。私は出場しないため、応援のみだったが、トップ選手の泳ぎやルーティーンを見て勉強した。

日本代表経験のある岡本美鈴選手

日本代表経験のある岡本美鈴選手

良いパフォーマンスができ、バディと喜びを分かち合う

自分の競技が終わった選手は、他選手の応援に周ったり、記録更新をともに喜んだりと、会場の雰囲気はとても暖かくなっていた。

日本選手権会を終えて

日本代表選考の最後の大会ということで、初めて出場した日本選手権。普段の記録会や大会の雰囲気とは少し違う、緊張感やピリついた空気感などもあり、新鮮だった。メンタルがパフォーマンスに大きく影響するフリーダイビングだからこそ、この雰囲気でも、しっかりと記録を出す先輩選手はさすがだった。

そして、この場を借りてお礼させてください。1日目の競技結果後に励ましてくださった皆さま、応援してくださった皆さま、練習環境を提供してくださった皆さま、そして大会を開催・運営してくださった大会スタッフの皆さま、本当にありがとうございました。結果を残せたのも皆様のおかげです。昨年から連載してきた「編集部・セリーナのフリーダイビング挑戦記『経験0から日本代表を目指す!』」本シリーズの第1章を完結とさせていただき、第2章も続くかどうか…?、ご期待ください。

DYNBの表彰(中央:尾関靖子選手、左:市原由利子選手、右:セリーナ)

身体面・精神面を強くしていく、なかなか難しい競技ですが、楽しみながら、また6月の世界大会に向けて、頑張ります。引き続き、応援よろしくお願いいたします!

各種目の上位3名


総合(全種目合計獲得ポイント)
〈女子〉
1位 市原 由利子 選手 341.4 ポイント
2位 尾関 靖子 選手 331.9ポイント
3位 太田 陽子 選手 242.4ポイント

〈男子〉
1位 大井 慎也 選手 339.6ポイント
2位 阿部 恭祐 選手 278.0ポイント
3位 高橋 耕平 選手 271.0ポイント

スタティック・アプネア(STA)
〈男子〉
1位 大井 慎也 選手 6分33秒
2位 横田 太郎 選手 6分05秒
3位 大串 哲 選手 5分59秒

〈女子〉
1位 市原 由利子 選手 6分42秒
2位 大井 沙矢加 選手 6分26秒
3位 岡本 美鈴 選手 6分00秒

ダイナミック・ウィズアウト・フィンズ(DNF)
〈女子〉
1位 尾関 靖子 選手 154m
2位 市原 由利子 選手 136m
3位 榊原 理矢 選手 129m

〈男子〉
1位 大井 慎也 選手 150m
2位 矢部 紀行 選手 131m
3位 高橋 耕平 選手 116m

ダイナミック・ウィズ・バイフィンズ(DYNB)
〈男子〉
1位 大井 慎也 選手 166m
2位 米澤 和昭 選手 142m
3位 阿部 恭祐 選手 141m

〈女子〉
1位 尾関 靖子 選手 188m
2位 市原 由利子 選手 186m
3位 神宮司 瀬里奈 選手 176m

ダイナミック・ウィズ・フィンズ(DYN)
〈女子〉
1位 尾関 靖子 選手 201m
2位 市原 由利子 選手 200m(申告150m)
3位 岡本 美鈴 選手 200m(申告143m)
※市原選手、岡本選手は泳いだ距離は同じですが、AIDAルールに則り事前申告の長い方が上位となります。

〈男子〉
1位 大井 慎也 選手 206m
2位 阿部 恭祐 選手 179m
3位 高橋 耕平 選手 172m

スポンサー企業:「テクダイヤ株式会社」
5G・データセンター・宇宙開発から、スマートフォン・3Dプリンティングまで、未来に向けて必要な製品を供給する電子部品メーカー。“Work Hard Play Hard”をモットーに、仕事だけでなくプライベートの充実も追求。わたくしセリーナが就活してたときに社風や社長の雰囲気に惹かれて入社した、前職でもある。

大会主催:日本フリーダイビング協会
後援:浜松市

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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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