編集部・セリーナのフリーダイビング挑戦記「経験0から日本代表を目指す!」(第7回)

フリーダイビング プール競技世界選手権in 韓国済州島に編集部・セリーナが選手として参戦!出場前後の想いを赤裸々につづってみた

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フリーダイビング プール競技の世界選手権「30th AIDA WORLD CHAMPIONSHIP in Jeju」が6月10日(土)〜6月17日(土)にかけて、韓国済州(チェジュ)島にて開催された。30カ国以上から約200名のフリーダイバー(うち、日本人は18名)が参加し、公式トレーニングなどを挟みながら4種目の8日間にわたり競技が行われた。本大会には、ocean+α編集部から私セリーナも日本代表選手として参戦。いち競技者として、経験した世界選手権までの道のりと、さまざまな想いを抱きながら臨んだ世界選手権を振り返りたいと思う。記事最後には、日本人選手の結果と日本記録を更新した選手からのコメントも紹介。

※用語一覧
◯STA(スタティック・アプネア):その場で何秒息止めができるか
◯DNF(ダイナミック・アプネア・ウィズアウトフィン):息を止めて、フィンを使わずに泳ぎ、プールを水平方向に何m泳げるか
◯DYNB(ダイナミック・アプネア・ウィズバイフィン):息を止めて、2枚のフィンを使って泳ぎ、プールを水平方向に何m泳げるか
◯DYN(ダイナミック・アプネア・ウィズフィン):息を止めて、1枚の大きなフィンを使って泳ぎ、プールを水平方向に何m泳げるか
◯SP:浮上後の「I’m OK」までの一連の動作
◯LMC:ロスト・モーター・コントロール。極限まで息を堪えてしまうことで、浮上直後に脳の酸素欠乏が起き、身体の動きがコントロールできなくなる現象。数秒で回復することもあれば、そのままブラックアウトすることも。
◯サポート:選手がベストパフォーマンスを発揮できるよう寄り添ってきたバディ
◯セーフティー:水中で選手の安全管理をするダイバー
◯ジャッジ:競技ルールに基づいて違反がないか確認する審判員

世界選手権出場の決意を揺るがす費用問題

私が世界選手権の切符を手に入れたのは今年3月に静岡県浜松市で行われた日本選手権。私はDNF(※)とDYNB(※)の2種目に出場し、DYNBのみ世界選手権に出場することが決まった。惜しくもDNFでは出場権を獲得することはできなかったが、目指していた目標を達成でき、とても嬉しかったことを思い出す。

世界選手権の切符を手に入れたら「あとは練習あるのみ!」、だけではなく…。練習費・遠征費を集めなければならないという壁にまずぶち当たることに。というのもフリーダイビングはマイナーなスポーツが故に日本フリーダイビング協会からの練習環境提供や遠征資金の補助などはほとんどないのが実情。

だから、海外に遠征をするには、すべて自費…という厳しい現状があるのです。ちなみに今回の世界選手権でかかった費用は交通宿泊・大会登録・現地での食事などを含めると総額25万ほど。正直、フリーダイビングを始めてから、器材や大会出場、練習などに出費がかさみ、毎月の生活もカツカツだったため、世界選手権出場の最終意思表明をするまでに、「1種目だけの出場で、大金をかける意味があるか…?」と一瞬考えたこともあったが、「世界選手権に出場できるなんて人生で二度とない経験だ。お金はなんとかしよう」と、出場を決意した。

仕事、練習…、全然うまくいかない!メンタルブレイク

出場を決意したら、次は世界選手権までの約3ヶ月の練習スケジュールを固めていった。週に2〜3回、多いときは4回程度の1〜2時間ほどのプール練習を行う。日本選手権前より多めに泳いできた。

100mを6分に1本泳ぐインターバルトレーニングを繰り返したり、本番を意識し1本を本意気で泳ぐトレーニングなどを、同じく世界選手権に出場する先輩方とやらせていただいた。

でも…

私は、なかなかいい感覚が掴めずにいた。仕事も忙しくなり、まだ今日中にやりたいことがあるのに練習時間が迫る…。この練習を逃すと次練習まで期間が空いてしまう…。そうこうしているうちに、身体と心が仕上がってないのに世界選手権が近づいてくる。

正直このときは、見えない不安で一杯一杯だった。負のスパイラルに入ったかのように、フリーダイビングもそれ以外もうまくいってる感じがせず、精神的にきつかった。私は競技中心の生活よりは、仕事との両立に意義を感じていたため、すべて自分の選んだ道。とはいえ、途中で投げ出したくなるときもあった。

そんな中でも、少しずつ小さな成功体験を積み重ねて、世界選手権前直前になんとかいい感覚を少しずつではあったが掴むことはできた。それでも、日本選手権前の身体と心の調子やモチベーションとは違い、楽しみな気持ちより不安が優っていた。日本選手権前は、早く練習の成果を出したい気持ちで、間違いなくいい結果を出せる自信もあり、とてもワクワクしていた。しかし、今回は違う。世界大会という大舞台に立てるのは今までにないほど楽しみなのだが、果たして満足できる記録は出せるのだろうか。でも日本選手権前よりもコツコツと練習はしてきた自負はある。もうここまで来たら、今までやってきた練習を信じて、やるしかないと自分を奮い立たせた。

いざ、韓国へ!世界選手権開幕!

いよいよ世界選手権の開催が目前となった。世界選手権の日程は以下の通りとなっており、私は6月9日に会場のある韓国済州島に入った。ちなみに航空券やホテルの手配は各自で行う。

世界選手権スケジュール

6 月 10 日:登録 / 開会式
6 月 11 日:公式トレーニング
6 月 12 日:競技1日目: DYNB
6 月 13 日:競技2日目:DNF
6 月 14 日:公式トレーニング
6 月 15 日:競技3日目:STA(※)
6 月 16 日:競技4日目:DYN(※) / 閉会式
6 月 17 日:出発

無事に現地でチームメイトと合流し、世界選手権初日は、パスポートや診断書、参加同意書を提出し、参加登録をするのと、開会式が行われる日だ。登録の順番待ちをしているときにも、世界大会常連の選手たちは、海外選手との久し振りの再会に喜んでハグしたり、近況を報告し合うなど、あたたかい雰囲気があった。

書類を提出し、参加登録を行う。書類の不備があると参加が認められない場合も

書類を提出し、参加登録を行う。書類の不備があると参加が認められない場合も

開会式は、選手は各国でまとまって観客席で参加。大会主催者やジャッジ(※)からの挨拶、出場国の紹介、そして韓国済州島の伝統的な職業である海女さんのパフォーマンスが行われたりもした。選手も手拍子をするなどして士気も高まってきた。いよいよ」大会の幕開けだ。

世界選手権2日目は公式トレーニングの日で、実際に競技が行われる会場で泳ぐことができる。国ごとに練習の時間帯が区切られ、選手たちは最終調整を行なった。会場自体は室温も水温もちょうど良く、とても気持ちいい。

世界大会といえども、ピリついた様子もなく、選手やスタッフもなごやかだ。私もこの時点ではまだそこまで緊張しておらず、初めての世界大会の雰囲気を楽しんだ。一流選手たちを目の前に、どのような泳ぎを観られるのが楽しみだった。そして何より、自分がこの舞台で泳げるのがワクワクする気持ちも湧いてきた。

この2日目が終わると明日から競技が始まる。世界選手権は1日1種目で、最初の競技はDYNBだ。つまり私にとって、“最初で最後の世界選手権の種目”。緊張する条件が揃っている。案の定の夜は緊張でなかなか眠れなかった。良いパフォーマンスを何度も何度も頭の中でイメージして、自分を落ち着かせた。

遂にこの日が。セリーナの最初で最後の出番

大会3日目。朝、目覚めた時から、緊張でそわそわして仕方なかった。

会場入りしたのは8時ごろで、私の競技時間である10時40分まではまだ時間がある。いつもどおりのルーティーンでストレッチをおこなう。日本の50mプールでの大会だと、会場の規模に対して出場人数が少ないので、どこか静寂な雰囲気があるが、世界選手権はやはり出場者数も多く、また各々の気持ちも高まっているためか、いい意味で賑やかな雰囲気だ。競技の雰囲気を感じる余裕はまだある。

競技は9時から開始され、早速いい記録を出す選手もちらほら。

9時55分、水中でのウォーミングアップ開始。プールに入ると自分の鼓動が大きく感じる。緊張している。

10時33分、ウォーミングアップを終え、自分の泳ぐコースの前で待機し、集中力を高めていく。

この大会に向けて、日本選手権終了直後は200mを目標にしていた。でもなかなか本番で200mいけるような練習ができなかった。この状態では200mはいけない。大会直前の練習で164m泳いだ時のSPで若干痙攣したのも、引っかかった。でも日本選手権前よりは確実に練習してきた自負もある。本番はアドレナリンも出るし、集中力も練習以上に高くなる。だから少なくとも自己ベストである176mまでいっても、ホワイトカードは取れるはずと自分に言い聞かせた。願わくば190mくらいいければとも思っていた。

日本選手権前は確実にこの距離を狙えるという自信があったのだが、今回はそれがわからなかった…。

10時35分、入水。

10時37分、3分前のアナウンスがされる。

「世界選手権でもいつもとやることは同じ。練習してきたことを、やるだけ」、そう言い聞かせる。

「3、2、1、オフィシャルトップ」。

10時40分、肺いっぱいに酸素を取り込み、世界選手権という二度とない大舞台での自分の限界に挑戦する旅が始まった。

75m付近でいつもやってくる苦しさを乗り越え、100mのターン。ここからは、無心で足を動かせば150mに到達する。大丈夫。

しかし、150mをターンして165mあたりで、手の痙攣を感じた。

「あ、きっとSPのときも痙攣するかも」脳裏をよぎる。

でも、韓国まで来て、世界選手権という大舞台で、そこで浮上するという選択肢が自分にはなく、せめて自己ベストの176mには届きたいと思った。

175mのラインが見え、浮上した。

呼吸しても痙攣が止まらない。口も水につきOKサインもできず、セーフティー(※)に支えられ我にかえった。結果は、レッドカードだ。

プールから上がり、声掛けなどのサポートをしてくださったチームメイトの元に行ったら、もう泣くしかなかった。たくさんの方々にサポートしていただいてこの大会に出場できたこと、大会に出場することによって社内に迷惑をかけたこと、時間とお金をかけてやっとの思いでこの大会に出場したこと、それなのにこの結果。

自分が泳いだ距離もランキングにすると66人中、26位の記録で決して上位の記録ではないのに、なおかつ記録も残らないレッドカード。自分が情けなかった。

私の世界選手権が終わった。

競技はまだ続く。日本チームの活躍!

自分の競技が終わっても、世界選手権はまだ続く。私もチームメイトが全力を出せるようにサポート側にまわる。海外トップ選手のウォーミングアップの仕方や競技前の過ごし方などを見る時間もあった。この経験ができただけでもここまできた甲斐があると思った。大きく自己ベストを更新し喜ぶ選手の姿を見て、世界との圧倒的な差を感じると同時に、「私もこの舞台でメダルを取りたい!」という気持ちが芽生えた。

そして、すべての競技が終了し、閉会式をもって4日間のイベントを経て、今年の世界選手権は幕を閉じた。最終的には、AIDA 世界記録が 1 件、AIDA 大陸記録が 10 件、AIDA 国内記録が 60 件更新された。好記録が特に目立ったのは、中国、チャイニーズ・タイペイ、インドネシア、シンガポール、フィリピンといったアジア勢で、やはり競技人口が増えてきていることにあるのだろう。また、南アフリカの選手もメダルを獲得するなど、世界中でフリーダイビングが普及してきていることがわかる。日本人選手の中で目立ったのは森村舞選手で、AIDAコンチネンタルアジア新記録を3つ更新し、日本人で唯一メダルを獲得した。
▶︎世界選手権詳細ハイライトはこちら

振り返ってみて

自分の競技が終わってしばらく経った今、自分の競技を振り返ると、なるべくしてなった結果だと思う。大会までの過程も本番もそのときできる限りのことを全力でやったつもりで、後悔はない。

そして、応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。自分ひとりでは、世界大会に出場することができませんでした。応援してくださった方々のおかげです。このチャンスを与えてくださり、本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。競技に関しては、有終の美を飾ることができず申し訳ない気持ちと、これからも応見捨てずに援してほしいという両方の気持ちがあります。人としてまだまだな部分も多いですが、これからもあたたかく見守っていただけると嬉しいです。

しばらくはお休みして、自然と泳ぎたい気持ちや大会に出たい気持ちが出てきたときにまた泳ぎたいと思います。これからもよろしくお願いします!たくさんの応援、本当にありがとうございました!

日本人選手競技結果


DYNB
小林祥子 175m White 成功 PB
森村舞 220m White 成功(アジア記録) 2位
阿部恭祐 178m White 成功 PB
神宮司瀬里奈 175m Red 失敗
高橋耕平 164m Red 失敗
大井慎也 150m White 成功
廣瀬花子 191m White 成功 PB
市原由利子 190m White 成功 PB
矢部紀行 154m White 成功
尾関靖子 197m White 成功

DNF
矢部 紀行 114m White 成功
高橋 耕平 126m White 成功 PB
奥山 まどか 106m White 成功
榊原理矢 126m White 成功
小田 華代 77m White 成功
森村 舞 172m White 成功 アジア記録 3位
中野 敦 80m White 成功
太田陽子 118m Red 失敗
阿部 恭祐 150m White 成功 PB
大井 慎也 155m White 成功
市原 由利子 146m White 成功
尾関 靖子 153m White 成功

STA
矢部 紀行 5分45秒 white 成功
中野 敦 5分56秒 white 成功
大井 沙矢加 6分00秒 white 成功
奥山 まどか 6分08秒 white 成功 PB
市原 由利子 7分19秒 white 成功 PB アジア記録
横田 太郎 7分02秒 white 成功 PB
大井 慎也 6分21秒 white 成功

DYN
矢部 紀行 186m red 失敗
大井 沙矢加 162m white 成功
森村 舞 237m white 成功 PB アジア記録 3位
高橋 耕平 181m red 失敗
小林 祥子 187m white 成功 PB
岡本 美鈴 208m white 成功 PB
阿部 恭祐 155m white 成功
市原 由利子 211m white 成功 PB
廣瀬 花子 236m white 成功 PB
大井 慎也 245m white 成功 PB 日本記録
尾関 靖子 221m white 成功 PB

▶︎全選手の競技結果はこちら

日本代表キャプテン・大井慎也選手
AIDA 国内記録(日本記録)をDYNで更新

■記録について
日本記録更新は、素直に嬉しいです。世界選手権の出場は5回目で、初出場の頃は全種目で自己ベスト狙っていましたが、日本記録を狙うようになってからは全種目満遍なくというよりはどこか焦点を絞る必要があり、今回はそれが最終日のDYNでした。そのほか3種目も出場しましたが、最終日に向けてうまく合わせることができました。

■今年の日本チームについて
今年はとてもいい雰囲気で、一致団結したチームだったのではないかと思います。種目ごとに出場する選手は競技に集中して、出場しない選手は出場選手のサポートはもちろん、写真を撮影したり、日本フリーダイビング協会のSNSを更新したり、イベントコミッティに入れ替わりで参加したり、自分たちから役割を見つけてやってくれるので、キャプテンとしてはすごく助かりました。私の役目は朝の円陣だけです(笑)。

■ 日本のフリーダイビングに期待すること
私は、競技を約10年続けてきて、45歳になっても自己ベストを更新できています。若い選手たちはもっと良い記録を出す可能性があるので、一生懸命練習して、僕を追い抜いていってほしいですね。

写真中央が大井選手

写真中央が大井選手



市原由利子選手
AIDAコンチネンタルアジア新記録 / AIDA 国内記録(日本記録)をSTAで更新

■記録について
5年前に自分で出した7分6秒の記録をついに更新できてすごく嬉しいです。去年の世界選手権は何が何でも記録を更新したいと狙っていったのですが、意気込みすぎてレッドカード。悔しい結果となりました。

■記録を更新できた理由
今年の世界選手権に向けてさまざまなトレーニングをしましたがその中でもメンタルについて色々と試したことが上手くハマったのかなーとおもいます。
普段なら本番前はナーバスになりすごく緊張するのですが程良い緊張感と気持ちに余裕があり、競技中もうまく自分の気持ちと身体をコントロールできて、良い結果に繋がりました。

森村舞選手
AIDAコンチネンタルアジア新記録 / AIDA 国内記録(日本記録)をDYNB、DNF、DYNで更新

■記録について
今大会で1番落ち着いて挑めたのは、DNFでした。大会前の練習では何度も自己ベストをだせていたので、自信を持って臨めました。1番不安だったのは、DYNBです。今シーズンなかなかしっくりとくる泳ぎができていなくて、今大会でも初日ということもあり、とても緊張していて、ノーズクリップをつける手も震えていました。

総合的には全種目で日本記録、そしてアジア記録を更新できて、すごく嬉しいです。同時に泳ぎやSPの部分などに課題もたくさん発見できた大会になりました。

■日本チームについて
私は、スウェーデン在住で普段はスウェーデンチームと一緒に練習していますが、国籍は日本なので日本代表として出場しています。普段日本チームとは接する機会がほとんどありませんが、日本チームの皆さんが暖かく仲間に入れてくださり、とても嬉しかったです。

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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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