DANアメリカの潜水事故レポート翻訳シリーズ(第2回)

脚の筋力低下とチクチクする痛みは?

この記事は約5分で読めます。

女性ダイバーが水深80フィート(24m)から浮上後、背中の痛みと吐き気を催した。
酸素を供給されたが、間もなく両脚に力が入らなくなり、針で刺されるような感じに。

ほぼ2日後に高圧酸素治療(HBO)を受けたが、3回の治療後にも両脚に症状が残った。 脊髄型減圧障害が疑われる。

セブ島のダイバーのシルエット(撮影:越智隆治)

報告されたケース

私は48歳で体重130ポンド(訳注:約59kg)の女性です。
当時のダイビング経験本数は96本。そのうち12本は1年以内に潜っていました。

事故は6日連続ダイビングの12本目、その日の1本目に起こりました。
水深80フィート (24m)、潜水時間は約35分。

ダイビング終了後、ボートを岸に寄せ、丘の上のダイブショップまで自分のタンクを運びました。
少したってから吐き気、続いて肩甲骨部に痛みを感じました。
ショップのハンモックに横になり、酸素供給を受けました。

ハンモックは居心地が悪く、ゆったりした椅子があるショップ内に入りたいと思いました。
起き上がろうとしたところ、脚を動かせず、つま先をピクリと動かすことすらもできませんでした。
両脚に針で刺されるような感覚もありました。

45分程酸素を吸入したところ、脚を使えるようになりましたが、両脚共に少ししびれがありました。
島の医師はこれを減圧障害による問題と判断せず、安静にするようにとだけ言いました。

1日半後にアメリカに戻った後もしびれが良くならなかったので、病院を探して減圧チャンバーで治療をしてもらいました。(訳注:原文ママ。再圧チャンバーと思われる)

1回目の治療は約5時間半で、同日さらに3時間、次の日に3時間の治療を受けました。
2回目の治療後に左脚のしびれは消えましたが、右脚にしびれが残っていたので3回目の治療を受けました。

このしびれは解消されず、約1か月後からしびれは神経痛―ひりひり/チクチク感、温感と冷感の喪失―に変化し始めました。

以降1年間、右脚の状態に変化はありませんでした。
神経科医を受診し、最近、脊椎と脳のMRI検査を受けましたが、異常は全く見つかりませんでした。
神経科医は痛み止めの処方箋を出し、完治するまでに長くかかるかもしれない、と言いました。

卵円孔開存(PFO)の検査も受けましたが、当てはまりませんでした。(訳注:心臓の左右の心房を隔てる壁に隙間や穴(卵円孔)が開いている(開存)状態。この場合、卵円孔を通って静脈中にできた気泡が動脈に流れ、動脈ガス塞栓症になる可能性が高まります)

事故以降、非常に控えめなダイビングを22本経験しましたが、幸いなことに脚には何の影響もなく、ダイビング前後で感覚の違いは感じませんでした。

専門家からのコメント

このダイバーの症状は、脊髄の減圧症が原因の可能性が高いです。
水深80 フィート(約24m)、35分のダイビングではかなりの量の静脈ガス気泡が出来ている可能性があり、特にそれが箱型ダイビングに近いと減圧症の可能性が高まります。

静脈内気泡は減圧症(DCS)の動物モデルで示されるように、脊髄傷害を引き起こす可能性がありますが、循環する気泡は脊髄障害に必要とは言えません。

このケースでは、症状は吐き気と肩甲骨の間の痛みで始まっています。
これは、静脈内気泡が肺循環(訳注:血液が心臓から肺を経て心臓へと戻る循環)へと流れ出している状態を示している可能性があります。
針で刺されたような感覚(異常感覚)を伴う脚の筋力低下(不全対麻痺)は、脊髄障害を支持します。

これらの症状は放置しておいて解消することはほとんどなく、症状が現れた時より良くなる可能性はありません。
緊急事態として捉えるべきです。

酸素による応急手当は、症状が解消する可能性を高めるので、可能な限りすぐに開始するべきです。
酸素によって症状が消えても、ぶり返すおそれがあるので、再圧チャンバーでの再圧と高圧酸素療法(HBOT)の標準治療を行うべきです。

このケースでは、酸素で症状は改善されました。
しかし、吸入後45分経っても完全には症状が消えませんでした。
さらに長時間の酸素吸入が有効だった可能性もあります。
数日後にHBOTが行われ、症状は更に改善しましたが、多少の症状が残りました。

脊髄型減圧障害では、多いものでは70%の頻度で軽微な後遺症が残るとの報告があります。
そのため、もっと早い時期にHBOTを行っていたら完全に症状が消えた、とは言い切れません。

このケースで残ったしつこい痛みは、少々気になるというレベルではありませんが、このダイバーはその症状に耐え、その後も継続してダイビングをしています。

ダイビング後の脚の筋力低下は常に緊急事態として対応するべきです。
十分な神経検査と酸素吸入の応急手当を受けさせ、最寄りの救急救命室(ER)へ搬送して下さい。
ERではタイムリーな治療と、最善の結果を得るための適切な処置が行われます。

– Petar Denoble, MD., D.Sc.

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