DANアメリカの潜水事故レポート翻訳シリーズ(第10回)

太り過ぎダイバーでは荒れた海に歯が立たない

ダイビングガイド(撮影:越智隆治)

DAN JAPAN Incident Report

※DANアメリカに寄せられた様々なトラブルレポートから抜粋してご紹介しています。

太り過ぎで糖尿病のダイバーが、荒波にもまれてトラブルに陥った。
ラダーが頭に当たり、溺れかけた。 (2012年、アメリカ)

報告されたケース

私は、チャーターしたボートで大西洋岸でのレック(沈船)ダイビングに参加しました。
キャプテンは0.5ノットの流れ(カレント)があると言い、波の高さは5~6フィート(訳注:1.5~1.8m)でした。

私を含めて数人のダイバーは船酔いし、ダイビングを中止することにしました。
数人は潜り始めたのですが、短時間でダイビングを終了しました。

しかし、数人のダイバーは肥満気味であったにもかかわらず、ダイビングを完了しました。
私は、彼らが潜れるのであれば、自分も可能だと感じました。
さらに、「水中に入れば船酔いが良くなる」と誰かにアドバイスされ、潜ってみることにしました。

私はドライスーツを着用し、ウィング付の108sタンク(訳注:日本の規格で約15Lタンクに相当)を2本使用していました。

私が皆の最後にエントリーした時、ボートでは2本目のダイビングを中止するところでした。
私は、「エントリーしたらすぐに流れを避けて潜降」と言われていたので、ドライスーツとBCDに空気を入れていませんでした。

エントリー後、先行ダイバーは水面のロープを掴んで強い流れの中を進み、ボート上からロープでつり下げたバーへと到達しました。
当時、3もしくは4ノット近く流れていたと思います。

ジャイアントストライドでエントリー後、私もつり下げたバーへとロープ越しに向かいましたが、流れの中で泳ぐことができず沈みがちになりました。
そして、私は自分がトラブルに陥っている事に気付きました。

BCDのインフレーターは流れで背中の上に流され、手が届きませんでした。
ドライスーツのインフレーターを使うことは考えませんでした。

水面に向かって泳ぎながら、助けが必要だと先行ダイバーに伝えたところ、彼はバーまで私を引っ張ろうとしました。
最終的には私の声を聞いたボートキャプテンが水中に入り、ラダー(はしご)へと戻るのを助けてくれました。

しかし、インフレーターでBCDに空気を入れる必要があることは、キャプテンに理解してもらえませんでした。

ボートの左舷から右舷側のスクリューが見える程、ものすごく大きな波が立っていました。
私はどのようにラダーにたどり着いたか記憶がありません。
でも、水面のロープを掴み、仰向けでロープの端に向かって「急移動」していたのですから、ラダーを掴みそこなったはずです。

レギュレーターは何かに強く引っ張られ、私は水と空気が霧状になったものを吸い込みました。
ボートスタッフと私のバディが大変な努力をした結果、私はようやくラダーを掴むことができました。

しかし、その時ボートが大きな波にあおられ、私の体を横向きに押し流し、その結果ラダーがこめかみを直撃しました。

視野が狭まり、黄色っぽいトンネルのように感じました。
私は水面のロープを見失って沈んだことと、強い力で両脚が押し流され、再びロープを取り戻したことだけを憶えています。

そして、体の上にあるロープを掴めという叫び声が聞こえ、そしてさらにもがき続けて船尾のデッキにようやく乗ったことも憶えています。

私は完全に疲れ切り、ボートに自分で上がることもできないくらいでした。
他の人の助けを借りてようやくボートに移動し、ドライスーツも脱がせてもらいました。
そして、直ちに酸素を投与され、港に戻る帰り道はずっと酸素を吸っていました。

途中で沿岸警備隊の船舶からボートに医療隊員が乗り込み、救急車が手配された米国沿岸警備隊の基地へと移動しました。
病院では海水による「部分的」溺水と診断され、継続して酸素治療を受けました。
その後、治療を続けるために他の病院に移送され、腎臓に問題があることを示す数値が出ている事が医療スタッフから指摘されました。

そこで、現在投与されている薬の調整がされました - 私はインスリン依存性糖尿病のためにヒューマリンR500(※1)、関節痛のためにナプロキセン(※2)を服薬しています。
※1 訳注:血糖値を下げる薬
※2 訳注:非ステロイド性の抗炎症剤

次の日に退院し、かかりつけ医を受診したところ、すぐに溺水の治療継続のために地元の病院に入院になりました。
そして、腎不全と心房細動の治療も受けました。
10日程入院し、1か月近く病気療養にかかりました。

各局面で問題のある判断をしてしまったので、このケースは完全に私のミスです。

私は船酔いで脱水状態になり、暑く、問題のある器材でダイビングし、支払ったお金がもったいないという理由だけで潜ることを決定し、潜らないと決めた他のダイバーの経験を無視し、「水中なら気分がよくなるかもしれない」という助言を受け入れました。
さらに、浮力のない状態でダイビングをしていました。

今ではすっかり回復し、事故後に何回かダイビングをしました。
今後もダイビングを続け、今回の経験を今後の決断に活かそうと思っています。

専門家からのコメント

ダイバーとダイビングサービス提供者、両方の判断の誤りがこの事故につながりました。
海がひどく荒れていて、流れが非常に強いならば、ダイビングサービス提供者は黄色旗を掲げるべきでした。

この旗は、ダイバーが健康を損なっていてダイビングポイントの状況に適していないのであれば、ダイビングを控えるように警告するものです(例えば、肥満、高齢、糖尿病、ダイビングに対する適性のないダイバー、初心者など)。

黄色旗は公共のビーチやスキー場で使用されていますが、残念ながらダイビングにおいては適切な判断をするのに役立つ、確立されたシステムとはなっていません。

このケースでは、ダイバーは全ての問題を認識していたにもかかわらず、判断を誤りました。
彼は67歳で、18年のダイビング経験があるベテランダイバーであり、自身の安全に対して十分判断が可能でした。

しかし、もしかしたらひどい船酔いが判断に影響したのかもしれません。これが、ダイビングサービス提供者がダイバーの判断をアシストすべきであるもう一つの理由です。

この報告には、このダイバーのダイビングに対する医学的な適性についての詳細はありませんでした。今回の腎不全の発症は、このダイバーに、糖尿病が原因の多臓器障害(心疾患を含む)が以前から存在していた可能性を示しているのかもしれません。

しかし、心疾患について質問をしたところ、このケースの6か月前に負荷試験と心エコーを含む心臓検査を受け、ダイビングを許可されたと答えが返ってきました。
服薬はしておらず、血圧は117/75でした。

しかし、身長5フィート9インチ(訳注:約175cm)、体重275ポンド(訳注:約125kg)の体では、もしダイビングに対する医学的な適性があったとしても、大西洋岸の船の墓場でのレックダイビングに挑戦する身体的適正がある可能性は、小さそうです。

– Petar Denoble, M.D., D.Sc.

◆DAN JAPANの会員専用ページ(MyDAN)にて下記タイトルが読めます。

[Case 30] 問題ないダイビングの後、遠方視力を失った
[Case 31] レギュレーターホースの破裂は未然に防止できたかもしれない
[Case 32] 太り過ぎダイバーでは荒れた海に歯が立たない

※こちらからアクセス↓
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