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日本のテクニカルダイビングは本当に終わったのか?~今週の編集長・多事総論~閲覧無制限

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徒然コラム

セブ島のウミガメのシルエット(撮影:越智隆治)

今週は、田原さんの「日本のテックダイビングは終わった」が大きな反響を呼びましたが、個人的には、大きな共感と同時に違和感もありました。

『マリンダイビング』誌上でスキルアップ連載をしていたオハタラ部長の背中を見て育ち、こっそりノウハウをパクっ…ゴホン、お手本にして後を引き継いだ僕が、オタハラ部長についてあれこれ語るだなんて畏れ多いわけですが、率直に思ったこと、また、田原さんの論の位置づけを考えたいと思います。

まず、率直に思ったこと。

「テックダイビングって趣味の世界? ビジネスは悪なの?」

テクニカルダイビングは仕事じゃなくて趣味・冒険なのか?

テックに限らず、ダイビングを職業とするならば、講習にせよ、ガイドにせよ、“質”と“金”は両輪で、どちらか一方が欠けても前に進みません。
永遠のジレンマと言えるのかもしれません。
若手イントラが、オーナーに「海が好きなだけで飯が食えるか!」って怒られる、あれです(笑)。

ビジネスを追求するあまり質の低下を招くというのは、特に命にかかわるダイビングでは本質を見失うことで、そのことに対する危惧は僕も感じているし、正面切って指摘した田原さんにはとても共感しました。

しかし、両輪であるはずの“稼ぐ”という意識が希薄で、それどころか、「好きだからやっている」「ビジネス的には愚かな選択」と断言していて、逆にとても興味がわいてきました。

彼らは、少なくとも私の知る限り、レベルが高い低い以前に、みんながみんな、テックダイブが何よりも好き、というところが活動のスタート地点になっており、テックダイブがお金になるから、というビジネス的な観点からリーダーシップを目指したという例を私は知りません
そもそも、必要となる時間や努力、投資金額を考えたら、それはかなり愚かな選択でしょう

日本のテクニカルダイビングは終わった~テックダイバー田原浩一の絶望と一縷の望み~ | オーシャナ

このコメントを読む限り、エベレストを目指す登山家のように、究極の“趣味”あるいは“冒険”“求道”に近い気がします。

私自身の実経験ですが、とあるインストラクターからのテクニカルダイビングへの参入の相談を受けた際の最初の質問が「テックって儲かる?」でした

日本のテクニカルダイビングは終わった~テックダイバー田原浩一の絶望と一縷の望み~ | オーシャナ

田原さんがネガティブな具体例として使ったこの一文、その場の状況やニュアンスにもよるのでしょうが、僕はイントラの質問、とっても理解できるんですよね。
「好きなことやるには稼がないと」と単純に思っているので(思っていてもできないんですが・汗)、テックの市場について、収益化について、僕もとても興味あり、田原さんに会って聞きたい部分です。

そう考えると、田原さんは “職人”というイメージがぴったり。
目の前の皿をいかに焼くのかに全身全霊をそそぎ、納得のいく皿が認められた上で、誰かが皿を買ってくれる。
“売れる”を入り口に作られた、大量の見かけばかり良い皿は叩き割りたい、ということなのでしょうか。

レジャーダイビングの延長上にあるテクニカル
田原さんには“本物”を発信してほしい

職人と言いましが、ご本人と話せばすぐにわかるように、頑固というよりむしろスマートなマインドで、むしろ女性にオープン過ぎる田原さんは、きっとビジネス的感覚もあるのだと思います。

今回の記事は、両輪のうちの“金”の方が行き過ぎ、“質”が低下することに対するカウンターを意識してのことだと思いますので、機会があれば“金”については聞いてみたいところです。

そして、ご本人は、「メディアでテックダイブについてのあれこれを書き続けても、結果それは、下らない愚痴やぼやきでしか有り得ない、と、ある時、私は心底感じてしまったのでした」とおっしゃっていましたが、お金と両輪のもう一方、“質”の方を示し続けて欲しいです。

職人って、本物で、求道者で、かっこよくて、憧れです。
そりゃ、金のためなら手段を選ばない人より、お金のことを考えずに一生懸命に頑張っている人の方が好きですもの。

ただ、なかなか職人が生きづらい昨今、大手ダイビング指導団体のテック市場開拓に関して、個人的には否定的ではありません。

しかし、田原さんご指摘のように、質の低下は命にかかわりますし、市場を荒らされれば職人の存在も脅かします。
だからこそ、ぜひ、テックにかじを切ったダイビング界のカウンターとして発信していただきたいと勝手ながら切に願っています。

ご本人も、レジャーダイビングとテックダイビングは別モノではなく、「レジャーの延長上にテックがある」とおっしゃっているので、その最高峰にいる田原さんから得るものは、レジャーダイバーも大きいはず。

オタハラ部長時代の連載・単行本は抜群におもしろく、あれを超えるスキル本はいまだにありません。

ということで、田原さんと交流する機会をオーシャナでも作っていきたいと思ったのでした。

ちなみに、こうした交流機会を持つとき、普通は「講習生の獲得につながってくれればいいな」と思うじゃないですか?
しかし、田原さんは、「テックダイバーの募集の場には、絶対にしたくない」と最大の注意を払います。

そう簡単に、職人の領域に足を踏み入れられても困るということなのかもしれません。
男としてダイバーとして憧れますね~。

セブ島の魚の群れ(撮影:越智隆治)

画期的だった山中さんの視点
なるほど~とうなった恭子さんの視点

今回の死なないためのダイビングスキルでの山中さんによる指摘は画期的でした。

潜降時の“肺の息止め”は、知っている人にとっては当たり前。
しかし、これまではテクニック論でのみ語られ、安全論として語られることはあまりありませんでした。

肺で息を止めることは「潜降しやすい」のは多くの人が知っていますが、「肺で息を止めることが最大の死なないためのダイビングスキルなんだよ」という指摘は画期的だと思います。

「BCから空気を抜いた状態で、水面で自分の口を水面上にしばらくの間、浮かせていられなければならない」という指摘はもっともですが、意外と皆さんやったことすらないのでは?
考えさせられますね。

そして、恭子さんの「夜に来院する患者が多い」という視点は「なるほど~」と思いました。
そこに、ためらいがあり、病院を探す時間があるという推察は、現場ならではの視点ですよね。

こうした他にはない視点を持つプロの意見は、読むだけでもきっと今後のダイビングに役に立つはずです。

免責同意書についてのポイント

免責同意書の議論もいろいろなところで出ていましたが、「じゃあ、免責同意書なんて意味ねー」ということでなく、実際の事故の実態によってケースバイケースであったり、免責条項と実際とを照らし合わせた現実性といった判断になるのだと思います。

些細なアクシデントまですべて、インストラクターが責任を負うということは妥当ではないと思いますが、「免責同意書があるから、何が起きても責任は負わない」というものでもありません

ダイビングの免責同意書って意味あるの? | オーシャナ

ここがポイントです。

それと、リスクの告知は法的にもとても意味あることだと思いますので、免責の話とは少し分けて考えた方がよいのかと思います。

中田さんと上野先生で考える
意見の多様性の重要さ

今週から連載の始まった中田さんは、ご自身の事故から、徹底的なダイバー(消費者)目線で活動してきました。
一方、上野先生は、主にプロダイバーの弁護担当をなさっています。

もちろん、両人共にダイバー側、プロ側への理解も深いのですが、やはり立場も見解も異なってきます。

今週の上野先生の記事に、プロダイバーの管理責任ついての言及がありました。

スポーツやレジャーなどでは、どうしても怪我などのリスクが伴う時がありますが、反面、非日常感や爽快感、達成感など、いつもの生活にはない感動を味わうことができます。もし、僅かな怪我でも施設の管理者やインストラクターが責任を追及されるのであれば、スポーツやレジャーの指導者や責任者は萎縮して安全管理だけに終始して、本来の活動ができなくなり、ひいてはスポーツやレジャーの意義が没却されかねません。

ダイビングの免責同意書って意味あるの? | オーシャナ

自分もなんちゃってではありますが、インストラクター資格を持っているので、とても共感できます。

しかし、おそらく中田さんはプロ側に対してもっと厳しい目を持っていると思います。

中田さんが研究している“商品スポーツ”という概念における、プロ側の注意義務、常時監視義務は厳しいと思うのですが、「まあ、そういう時代かもねー」と思ったりもします。

物事、多角的で立体的で、正義は無数にあり、角度を変えればどちらにも納得する部分があります。
どちらがいいとか悪いとかではなく、闘わなければ負けるだけで、個人的にはややプロ側が押され気味、厳しい時代が来ているような気がしています。

特にプロガイド側は、まとまって対応していかないと、その流れは加速していくと思います。

こういっちゃなんですが、極端な話、初対面でどんな行動するわからない人の器材から水中での行動まですべてケアすることになったら、僕がガイドなら無理、というか嫌…。

ダイバーの自己責任、プロの管理責任、この問題を考える上で、お二人の存在は違うベクトルだからこそ大きいとのだと思います。

オーシャナが、こうした多様な意見を発信する場になればよいと思います。

一応、お断りしておくと、多様性といっても、よくテレビの討論番組であるように、右の人がいるからとりあえず左の人を置いておこうといった、形式上の多様性、バランスを取っているわけではありません。
連載陣の方々、それぞれに尊敬していて、知って欲しい(自分が読みたいだけって噂も・笑)情報だということです。

そして、最後に、皆さんもちょっと感じているかもしれませんが、ここまで新スタートした連載、ちょっとかたいものが多いですよね。
僕もそう思っています。

実はくだらないことや面白いことがオーシャナスタッフはみんな好きなので、そっちの部分の多様性の充実にも力を入れていきたいと思っていますので、長い目でこうご期待を!

それでは、また来週の多事総論で。

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