メガマウスは幻の深海ザメではない⁉ ~メディア狂騒の裏側~
2017年5月22日(月)朝4時半頃、千葉県館山市の定置網にメガマウスが入り、ダイバーにはおなじみの「波左間海中公園」に生きたまま移され、連日、メディアで大きく報じられました。シャークジャーナリストの沼口麻子さんをお迎えして、今こそ、改めてメガマウス・フィーバーについて振り返ります。
■対談ゲスト/沼口麻子さん(シャークジャーナリスト)
■聞き手・構成/寺山英樹(オーシャナ編集長)
メガマウスは地震の予兆でもなければ、
“幻の深海魚”ではない!?
沼口
今回の過熱ぶりは、間違った情報も入りつつ、世間的にバズッちゃったからちょっと怖い気がします。ちゃんとした情報を一度総括しておくことが大事ですね。
寺山
その最たるものが“地震の予兆”という情報で、週刊新潮にも学者がそれらしくコメントしていて驚きました。珍しい深海の生物が登場ってなると、地震と絡めるのはメディアのお家芸というか、鉄板ネタですけどね。まあ、楽しむ程度ならいいのでしょうが、一応聞いておきますが、地震との関連は……
沼口
ない(きっぱり)。地震とはまったく関係ないですね。私が知っている科学者でその説を肯定している人は一人もいません。去年か一昨年はダイオウイカやリュウグウノツカイが多かったのですが、メディアが地震とかなんとか騒いで注目するので、漁師さんが持ってきてくれているだけ。
実は、あるwebサイト(※1)によれば、メガマウスザメは100尾以上が確認されているので、1個体しか発見例のない生き物などに比べると、そこまで珍しいものではなくなりました。わたしが知っている限り、ここ数年間だけでも、各地の定置網にメガマウスザメが入っているのは耳にしていますが、ほとんどの漁師さんは騒動になるのを嫌がって、沖でリリースしている。
だから人の目に触れる頻度は極めて少ないんです。わかっているデータだけからの判断ですが、日本ではだいたい4、5月にかけて多い。
寺山
そうなんですね! 僕も何となく小さいときから、“幻の深海魚”的なイメージはありました。
沼口
幻というと大げさですね。深海魚でもないという研究者もいます。確かに、1983年に新種記載された当時は、幻の深海ザメというキャッチコピーが多様されたので、未だにそういうイメージがあるのかもしれません。
また、希少種だという人もいますが、現状、74種のサメがIUCN(※2)の絶滅危惧にリストアップされていますが、メガマウスザメは入っていません。
http://www.iucnredlist.org
寺山
僕にも、完全にそのキャッチコピー、刷り込まれちゃっていますね(笑)。地震を笑っていられない……。
メディアの立場としては、幻とか深海とかって付けたくなっちゃうのは理解できますが、間違っているとなると正しい情報を伝えないといけませんね。
沼口
“幻”とつけるとアクセス数が増える。視聴者も喜ぶ。だから、つい幻というキャッチを使っちゃおうってなるのでしょうが、科学者からしてみたら、「おいおい、なにが幻だよ」と報道を見て思った方もいたかもしれません。
メガマウスがフィーバーした理由は、
波左間海中公園とさかなクン!?
寺山
メガマウスについては後ほど、詳しくお聞きするとして、まず、このフィーバーを振り返りたいと思います。
幻でも深海魚でもないにしろ、これほど話題になったのは、“生きている”ということがポイントだったのでしょうか? 生きている個体を見ることはやはりあまり記憶にありません。
沼口
そうですね。でも、生きている個体も、3個体ぐらいの映像が撮られているので、初めての映像ではありません。
では、何がすごかったかというと、「波左間海中公園」のオーナーである荒川寛幸さんがすごかったんです。
寺山
え? メガマウスでなく、荒川さんがすごい?
斜め上からの角度過ぎて、逆に興味がわいてきました (笑)。
沼口
結局、メガマウスザメが網に入っても、面倒なだけなので、漁師は表に出さないんです。目的はお金になる魚の漁獲ですから当然ですよね。
お金にならない生物が網に入ったときは、ターゲットの魚を傷つけるなどのデメリットがある場合はやむなく殺すでしょうし、そうでなければ海にリリースするなどの対応をしています。
ただ、波左間海中公園には“マンボウランド”という名前の、ダイバーも泳げるイケス型のポイントがあって、ここにジンベエザメを移してから、ある水族館で展示するというルートがあった。
今は展示されていませんが、去年までそこで展示されていたジンベエザメも、荒川さんが定置網から救出し、さらには水族館で長期飼育ができるようにと餌付けを成功させた個体です。
今回のメガマウスザメの件でも、そのマンボウランドに提供したことのある漁師さんの定置網に入ったことから、荒川さんが普通の人にはできないことをやっちゃったのです。定置網の中に迷い込んでしまったメガマウスザメを生きたまま救い出して、定置網漁船で曳行してイケスに入れて、さらにそこで飼えるようにちゃんと丁寧に扱った。
そして、この漁師さんがさかなクンと仲がよかったこともあり、朝4時くらいに、さかなクンがFacebookで「親友の漁師さんからメガマウスが入ったと連絡あった」という内容を投稿し、たぶんそれが報道の1発目。
寺山
幻の深海魚というイメージもあって、しかも生きているぞと。
沼口
さかなクンが、その日の夕方5時ぐらいにNHKと入って撮影し、それがすぐに生きている映像として流れたので、もうそこからメディアがバーッて集まった感じですね。
寺山
なるほどー。どちらかというと、メガマウス側の事情ではなく、アプローチ側の事情が大きかったということですか。
沼口
はい。すべてのタイミングが良かったということです。
もっといえば、南房総は潮あたりがよいので、ミンククジラや外洋性のサメ類など、いろいろな海洋生物の通り道。
そこに、8つの定置網があるので、魚からすると蜘蛛の巣がはってあるようなもの。そこを通ったら、どこかしら入ってしまうような感じです。
放流すると、また隣の定置網に入ってしまうこともあるらしく、迷惑かけないようにというのも、放流しなかったひとつの要因かもしれません。
大型生物が迷い込んでしまったときの定置網のデメリットは大きいので。売れる魚を傷つけてしまうことは漁師さんにとっては一番避けたいことですし、破れてしまったら定置網自体を修理しなければなりません。
知り合いの漁師さんに聞いたのですが、大型の定置網だとひとつ5000万〜1億円くらいするそうです。
今回、メガマウスザメが入った時、漁師さんに聞いたら、ちょうど潮の変わり目だったということでした。
もしかしたら、メガマウスザメがここに出現したのは、そういったことも起因しているのかもしれません。
寺山
そういう事情もあったのですね……。
残念ながら、
生きているメガマウスには会えず……
寺山
沼口さんも実際に現場に行っていますが、生きたメガマウスには会えましたか?
沼口
私も、さかなクンの投稿を見て、静岡から車を飛ばして、翌日の朝一に現地入りしました。
メディアが殺到しているようだったので、なるべく邪魔にならないようにと思ったのですが、現地は思ったよりもてんてこ舞いで、鳴り止まない電話やひっきりなしに訪れるメディア対応で、荒川さんもスタッフの皆さんもその対応におわれていました。
初日は元気に泳いでいたそうで、その時は荒川さんがさかなクンとNHKしか取材班が入れないということで、生きているシーンはNHKなど一部関係者しか撮っていません。
2日目は1便が9時ぐらいから、さかなクンとNHKの取材で、私は2便に入れていただきました。
しかし、海底に横たわっており、すでに虫の息だったんです。
この日、メガマウスザメが可哀想だからといって、荒川さんが前日から用意していたエサのオキアミが使われることはありませんでした。
次の記事では、メガマウスが死んでしまった原因について考えていきます。
シャークジャーナリスト沼口麻子さんとメガマウス・フィーバーを振り返る(連載トップページへ)
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