[スピンオフ連載]ニッポンの海と文化(第1回)

2022年秋、新企画「ニッポンの海と文化」スタート!  「日本の海の本当の魅力、文化の素晴らしさを証明したい」 鍵井靖章×中村卓哉×河本雄太 特別座談会

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この秋、オーシャナでは「ニッポンの海と文化」という新企画をスタート。公開中の第0話では、この企画が一体どんなもので、どこを目指すのかを紹介したが、こちらの記事では撮影を担当する鍵井靖章氏、中村卓哉氏の二人の水中写真家と、レポーターを務めるオーシャナCEOの河本雄太の鼎談(ていだん)をお届けしよう。河本はこの新企画へどのような想いを抱いているのか。そして今まで世界中の海を撮影してきた鍵井氏や中村氏は、日本の海を舞台にどんな写真を撮ってみたいと思っているかなどを存分に語っていただいた。

左からオーシャナ河本雄太、鍵井靖章氏、中村卓哉氏

日本全国を潜り歩く水中写真家も、文化を取材する機会はあまりない!?

「ニッポンの海と文化」とは日本の海の素晴らしさ、そして海に育まれた文化の魅力を紹介するオーシャナの新企画だ。この企画を立ち上げるにあたり、発案者の河本と編集部では撮影をだれに依頼するか話し合いを重ね、日本を代表する二人の水中写真家・鍵井靖章氏と中村卓哉氏に担当していただくことにした。

オーシャナ編集部(以下、――)今回、鍵井さんと卓哉さんに「ニッポンの海と文化」の撮影を担当していただけるということで、大変感謝しております。まずはこのプロジェクトについて、率直なご感想を聞かせていただけますでしょうか?

中村卓哉氏(以下、卓哉氏)

新型コロナウイルスの影響で、この2年間はまったく海外ロケに出られませんでした。日本の海を撮影する機会が増えましたが、改めて「自分は日本の海のことをあまり知らなかったな」ということに気づきました。そのタイミングで河本さんからこの企画に声をかけていただいたので、自分が日本の海のナビゲーターになることは正直難しいかなと思いました。
しかし「一緒にいろいろ見つけていきましょう」というふうに言っていただけたので、それだったら自分ももっと日本の海のことを知りたいし、ぜひ参加させていただきたいなと考えが変わりました。

――鍵井さん、いかがでしょうか?

鍵井靖章氏(以下、鍵井氏)

この2年間コロナ禍だったので、今までやっていた雑誌の取材や旅行会社からの仕事はゼロになったんですよ。しかし結果的に自分でいろいろなイベントなどをやって、自分が主導する仕事がだいぶ増えたんです。それって僕にとってかなりプラスなことで。
なので、今回オーシャナさんからこのお誘いをいただいたときに、一瞬だけお引き受けするか迷いました。「あれ? 俺、また2年前に戻っていいのかな…」って思ってしまったんです。

――そうだったんですね。

鍵井氏

依頼される仕事を受ける立場から、自分で仕事を切り開いていくスタイルに変わってきたので、もっとそちらの方向で進んでいかなくてはいけないなという気持ちは正直あったんですよ。でもそんなことを考えながらも、僕はいろいろなチャンネルが欲しいと思うタイプですし、ちょうど自分の日本国内の写真集を作るというタイミングでもあったので、受けることにしました。

河本雄太(以下、河本)

その自分で主導してやる方向にいったことで、どういったことがプラスになったんですか?

鍵井氏

自分で企画してイベントを開催したり、商業施設の飾りつけやプロジェクションマッピングにチャレンジしたりしてみて、「なんで今までこういうことをしてこなかったんだろう」と思いました。収入面ももちろんですが、自分で食っていく術を見つけ出すというか、依頼仕事を受けている頃とは確実に変わりましたね。

河本

今まで僕は、水中写真家の方たちと直で仕事をしたことはなかったんです。今回の企画ではインストラクター出身の自分が海に戻るというか、レポーターとして現場に出ていこうと思って。そこでお願いするならこの二人の日本を代表する水中写真家の方、ということで鍵井さんと卓哉さんに声をかけさせていただきました。

――ちょうど2021年の春くらいでしたよね。河本さんが「日本の海と文化をテーマにした企画をやりたいんだけど」と言われたのは。そこから約一年かけて企画をブラッシュアップしてきたわけですが、ついにこれからロケがスタートします。率直に今の気持ちはいかがでしょうか?

河本

いよいよ、という感じですね。今までインストラクターとして海に潜ってきたので、ガイドの方に案内してもらって、いわゆるファンダイブで潜った経験ってかなり少なかったかなと思うんです。ツアーで行って、現地ガイドさんと潜っていても自分はインストラクションをしていましたし。

今回、レポーターとして潜って、鍵井さんや卓哉さんに水中でも撮影していただくわけですが、自分がお客さんの写真を撮ることはあっても、撮られるというのも初めての体験です。だから単純にどんな写真を撮ってもらえるのか、どんな海と出会うのかがすごく楽しみです。

そして、鍵井さんや卓哉さんは一線で活躍されている写真家ですし、自分もダイビング業界を引っ張ってきたという自負があります。若いアクティブなダイバーの方たちはもちろんですが、僕らと同世代の方たちにもこの企画を通して、ダイビングに対しての認識を変えてもらえるようなダイビング、そして旅の楽しみ方を提案していきたいですね。

――さっき卓哉さんが「日本の海のことをあまり知らなかった」とおっしゃっていたんですけど、日本各地を潜られていて、そんなことあるのかな?と思ってしまいました。

卓哉氏

「海を知らない」というよりは、「海のまわりのこと」という意味が強いですかね。今回は「海と文化」を紹介していくわけなので、文化については今まであまり知る機会がなかったなと思うんです。ロケに行っても水中撮影がメインなので、目いっぱい潜って、夜はちょっと飲み屋さんに行くくらいですし。

流氷もザトウクジラも同時期に見られる!日本の海が秘めたポテンシャルの高さ

――コロナ禍になってから、鍵井さんも卓哉さんも日本の海を潜られる機会が増えたということですが、今まで撮られた場所でも被写体でもいいんですが「これぞ日本の海!」と感じたものがあったら教えていただけますか?

鍵井氏

今年の2月に沖縄でザトウクジラと泳いで、その次の週には北海道で流氷の写真を撮っていたんですよ。それって冷静に考えると、結構すごいことじゃないですか⁉

河本

僕も同じように感じたことがありました。2月に東京のオフィスにいたとき、ある編集部員からは北海道で流氷ダイビングをしている写真が届き、オーシャナカメラマンからは奄美大島で「クジラがバッチリです」ってクジラの写真が送られてきて。これが同じ時間に、同じ日本で撮られた写真かと思ったら、すごいなと。しかも次の日には2人とも東京に帰ってくる。3泊4日あれば、どちらにも行けてしまうんです。

――卓哉さんはいかがでしょう?日本らしさを感じる水中シーンなどありますか?

卓哉氏

そうですね。たとえば海外へ行けば広大なサンゴ礁が見られて、これはこれで素晴らしいですよね。しかし日本だと目の前の砂地に、ポツンポツンとサンゴの根があり、日本庭園のような雰囲気を感じる。そういうところに、日本っぽさを感じますね。

あと日本海の能登で潜ったときには海藻とアジが見られましたが、それ以外にも美味しそうな魚が多いんですよね(笑)。僕はカラフルな熱帯魚より、日本らしい美味しい魚がたくさん泳いでいる海って好きなんです。そんな光景を見ると豊かな海だなと感じて、こういった感動をちゃんと伝えていきたいと思いますね。

――海外の南の島の海と日本の海を比べると、色彩という点では、カラフルな海外のほうが写真を撮りやすいのかな?とも思うのですが、そのへんはいかがでしょうか?

鍵井氏

そりゃカラフルなほうが撮りやすいですよ!でもね、たとえば宮城県や岩手県の海で岩肌を見ていくと、すごいカラフルなカイメンで覆われていたりするんです。海を撮るカメラマンとしては、日本各地の人たちが自分の海を自慢できるような水中写真を撮りたいなと思います。

実は海外の海、日本の海を区切って、比べること自体あまり意味がないかもしれないと思っていて。そりゃカラフルな魚群なんかがいたほうが撮りやすいというのはありますが、さっき卓哉君が言ったような箱庭的な美しさとか、日本の海の良さってすごくあると思うし。

――マクロ生物でも、日本の海には美しく撮れるものがたくさんありますよね。

鍵井氏

ありますよ。それはね、やっぱり被写体を見つけ出すガイドさんがすごい!海外のガイドもすごい人はたくさんいますけど。日本のガイドさんは生態なんかにも詳しいし。

卓哉氏

時期によっては、ダイビングポイントに目ぼしい生物がいなくなるときってあるじゃないですか。そういう時、ガイドさんが宝探しみたいに小さな生き物を見つけてくるというのは、すごいですよね。

ダイビングガイドは海の中はもちろん、陸やその土地の文化も伝えてくれる

――鍵井さんや卓哉さんは、どのように撮影地を選ばれているのでしょうか? 現地からオファーがあるところに行くのか、ご自分で探して行くのか、どのようなケースが多いですか?

鍵井氏

僕は自分から行きます。結果的に人と人の繋がりで「あそこに潜りに行くならこんないいガイドさんがいる」という情報が入ってきますんで。

卓哉氏

自分は海だけじゃなくて、そこから繋がっている山など陸の自然にも興味があります。去年は鳥取砂丘の成り立ちを撮りたいと思って撮影に行きました。鳥取砂丘は、中国山地にある花崗岩が雨によって削られて川から日本海へと流れていき、これが沿岸流と北西風によって打ち上げられて飛ばされることで砂丘列を形成している。

この砂丘の成り立ちを表現する写真を撮るには、「雨の日に川に行かないと撮れない」と英治(「ブルーライン田後」のガイドダイバー山崎英治氏)に言われまして…。それこそ線状降水帯が出るようなすごい雨の中、撮影をしました(笑)。自分はそういうのが、結構好きなんですね。そのときこちらのダイビングサービスでは、大雨で潜れなかったお客さんに特別に砂丘の成り立ちの映像などを見てもらうツアーも行っていました。

河本

僕たちは行政や企業から「サステナブルツアー、SDGsツアーについて教えてください」という相談をよく受けます。しかし行政や企業は、こういうツアーをやるとなると、大手旅行会社と組んだりして、説明をするのも何かそれらしい先生を呼んできたりとか、そういうことになってしまうんですよね。そうなるともはや、遊びという感じではなくなってきてしまいます。

しかし卓哉さんが言うように、ダイビングサービスでは潜れなかった方へのサービスとして砂丘の成り立ちを見せるツアーをやられている。本当にお客さんに喜んでもらいたいと思ってやっているんですよね。そういうツアーを紹介していきたいし、うまく繋いでいけるといいなと思いますけどね。

卓哉氏

こういうツアーができるかは、どんなガイドさんと巡り合えるかが大きいですよね。いい撮影、取材をするためには、いいガイドさんとの出会いが大切ですね。

河本

そういえば鍵井さんも卓哉さんも僕も、ダイビングショップのスタッフとして仕事をしていた時期があるんですよね。なので、お二人はガイドダイバーのことをリスペクトできる方たちかなと思ったりもして。今回撮影をお願いするとき、ちょっとそんなことも考えました。お客さんで来ている一般のダイバーの方たちの気持ちもわかるだろうし。

――いろいろな立場の方の気持ちがわかることで、お二人が撮られている水中写真には人を楽しませるエンターテインメント的な側面もあるかなと思います。

鍵井氏

楽しませたい。それしかないんですよ。

「ニッポンの海と文化」で撮ってみたい写真、挑戦してみたいこととは

――今回の企画では海はもちろんですが、文化についても各地で取材してきていただきたいと思っています。日本の文化について、こんなことを取材してみたい、知ってみたいと思われることなどありますか?

卓哉氏

文化っていろいろあるじゃないですか。でも観光という視点で考えると、食文化は大きいですよね。日本では海の近くではその場で上がった魚をさばいて、すぐに刺身にして食べられる。これって結構すごいことだと思います。また全国各地にいろいろなお寿司がありますよね。醤油も違うし。

鍵井氏

水中写真家になって30年以上経つけれど、僕はコロナ禍になるまで海外ロケばっかり行っていて。だから日本の文化って、実はよく知らないなと思ったんです。ほんとに知らない(笑)。なので、一緒に取材に行っていろいろ見つけてきたいと思っています。皆と同じ視線の高さでね。

河本

「日本でダイビングしたいんだけど、どこでできるのかがわからない」という外国人の方は、結構いるようです。コロナが収束すれば、また海外から多くの旅行者が日本を訪れることでしょう。そのときに向けて、いろいろな日本のいいところを見つけておく。そして日本を代表する水中写真家の二人の写真でそれを伝えていくことで「日本の海の魅力を、力のある写真で表現しているのがオーシャナというメディア」と、国内外の方たちに強烈な印象を与えられるんじゃないかと期待しています。

鍵井氏

今まで海外の海をたくさん潜ってきているので、外国の海のスタンダートは知っていると思うんです。そこの視点を日本の海にフィードバックできたらいいなと。

――さっき卓哉さんが言われていたように、日本のガイドさんって、見せるべき生物が少ない時期でも探し出してちゃんと見せてくれますよね。やはり日本のダイビングガイドの底力みたいなものを感じます。そういったところも紹介していけたらと思いますよね。

鍵井氏

でも海外にもいますよ。インドネシアのガイドとか、すごい見つけてきてくれる。でも僕がモルディブのビヤドゥでガイドをしていた頃に上司から「ヤス、ガイドは道先案内人でいいんだ。何かを探して見せるのは、サービスだから」って言われて(笑)。多分それはチップをもらったらその分サービスするとか、海外と日本の考え方の違いだと思うんですけどね。

――そうですよね。そういったサービスに対する考え方なんかも、日本と外国では違いがありますよね。

河本

僕はこの「ニッポンの海と文化」という企画は、一つのオーシャナの集大成だと思っていまして。直感的に鍵井さんと卓哉さんのお二人にお願いしたいと思ったんですが、こうやっていっぱい話していると意外と共通点もあって。お願いしてよかったなと。

――どんな写真を撮っていただけるのか、編集部としてもとても楽しみです。最後にお聞きしたいのですが、この企画で「こんな写真が撮りたい」「こんなことをやってみたらおもしろいかも」というようなことがありましたら、教えていただけますか?

卓哉氏

具体的なイメージでいうと、朝、漁場を目指して漁船がワーッと海に出て行くシーンとか撮ってみたいですね。これから10年、20年先もこういう風景が続くんだろうか、残っていくんだろうかとか。そんなことを考えるんですが、そういう瞬間を写真で残していきたいなと思いますね。

日本では今、魚離れが進んでいると聞きますが、やっぱり日本人だったら朝食の食卓にはアジの干物があると嬉しいと思うんですけどね(笑)。
あと四季によっての景色の変化なんかも撮りたいですね。何回かロケに行かないといけないので難しい部分もあるかもしれませんが、同じ場所でも季節ごとにいろいろな魅力があると思うので。

河本

春夏秋冬の4回行かなくても、夏と冬とか極端に違う雰囲気があるじゃないですか。そういうのは取材していきたいですよね。

鍵井氏

僕はこれまでダイビング雑誌などのメディアが特集してこなかったような海を、撮影に行きたいですね。

――今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

「ニッポンの海と文化」のスタート企画として、鍵井靖章氏、中村卓哉氏、そしてオーシャナ河本の鼎談をお届けしたがいかがだったろうか?二人の水中写真家とレポーターの河本が、日本各地でどんな海や文化を見つけ出してくるのだろうか。ぜひ楽しみにしていただきたい。

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PROFILE
大学時代に慶良間諸島でキャンプを行い、沖縄の海に魅せられる。卒業後、(株)水中造形センター入社。『マリンダイビング』、『海と島の旅』、『マリンフォト』編集部所属。モルディブ、タヒチ、セイシェル、ニューカレドニア、メキシコ、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、オーストラリアなどの海と島を取材。独立後はフリーランスの編集者・ライターとして、幅広いジャンルで活動を続けている。
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