海の森「藻場」を育てて守ろう(第2回)

海の森「藻場」を育てて守ろう~ダイバーとしてできること~ Vol.2 海の森が減ると地球温暖化が加速する~ブル―カーボンは救世主?~

海も呼吸をしているー。
当たり前のようですが、なかなか考えることはないかもしれません。
今回は、一部難しい内容もありますが、今話題の「ブル―カーボン」についてご紹介します。

大気中の二酸化炭素(CO2)が海水に溶け込み、それを海の生態系の光合成生物が吸収し、光エネルギーを使って同化し、海中生物はもちろん地上の私たちにも生きるのに必要な酸素を供給してくれています。
二酸化炭素は海から大気への放出もされていますが、差し引きで大気から海に入る分が多くなります。

この海の生態系の光合成生物というのが海藻・海草の藻場、マングローブ、干潟、植物プランクトンなどです。


(海藻藻場 ※フリー素材)


(マングローブ林 筆者撮影)

この海で貯留・隔離(注1)される二酸化炭素のことを、2009年に国連環境計画(UNEP)がブル―カーボンと名付け、マングローブ林、塩生湿地、海草藻場がブルーカーボンをつくると考えました。(*1)
ちなみに、森林など陸で貯留・隔離される炭素をグリーンカーボンと呼んでいます。

産業革命以降、石炭や石油などの化石燃料の大量消費をはじめとした私たち人間の活動は、大気中の二酸化炭素など温室効果ガスの濃度を急速に増加させてきました。
国連気候変動パネル(IPCC)によると、20世紀半ば以降に観測された地球温暖化の半分以上は、大気中の温室効果ガス濃度の増加等によって引き起こされた、つまり人間の活動が原因である可能性が極めて高いとされています。(*2)

そして、地球温暖化は海面上昇や酸性化、また、干ばつや洪水等の自然災害を増やし、多くの生き物や私たち人間自身を危険にさらしています。
日本では、地球温暖化は数年前までは「遠い未来の出来事」「自分には関係ない」というイメージで捉えられることが多かったように思いますが、最近では日本に暮らす私たちも台風や猛暑、地球温暖化の影響を直に実感するほどになりました。


(激甚化する台風 ※フリー素材)

今や、地球温暖化という言葉よりも、より緊急度の高い気候危機という言葉の方がよく耳にするようになっているかもしれません。

このような地球温暖化を引き起こす温室効果ガスの影響のうち、二酸化炭素は半分以上を占めており、その削減・貯留/隔離は喫緊の課題です。
日本政府も、2050年までに二酸化炭素ネット排出量ゼロ(カーボンニュートラル)にする目標を2020年10月に初めて表明しましたね。


(画像:IPCCレポート(2013)を元にモバイルラッコ隊作成)

そこで、地球温暖化となる大気中の二酸化炭素を吸収する重要な役割を果たすと期待されているのが前述の「ブル―カーボン」なのです。
海は、実は陸の森と同じくらい二酸化炭素を吸収してくれています。

日本国内では、海の生態系で最も二酸化炭素を吸収しているのは海藻藻場であり、その割合は半分を超えます。(*3)
藻場が吸収した二酸化炭素のうち、海藻が分解されふたたび二酸化炭素に戻り、海から大気に放出されるものもあり、これは厳密にはブル―カーボンとは呼べません。

しかし、近年、大型海藻も見逃せないブルーカーボンとして注目されています。ラッコ隊代表理事の小松輝久博士は「流れ藻」の研究をしてきました。
その研究によると、海藻の中でも、葉状部が変形し、内部にガスをためる気胞をたくさん持つホンダワラ類は、岸近くの岩礁から波などで切り離されて沖合を漂う流れ藻となるのです。
沖に運ばれたものは、気胞を失うと深海に沈み堆積し、二酸化炭素を隔離するものもあります。(*4)
他にも、英国プリムス海洋研究所による発見(注2)など、大型海藻がブル―カーボンに貢献するという研究が出てきています。


(ホンダワラ類 筆者撮影)

藻場が減れば、海が貯留/隔離できるブル―カーボンは減り、その分地球温暖化を加速させます。
藻場を育て、守ることは、地球温暖化を緩和し、地球環境を守ることにつながります。

世界的に気候危機が深刻化する中で、海が吸収する二酸化炭素、ブル―カーボンは世界的に注目を集めるようになりました。
それに伴い、各地の自治体や企業等多くの取り組みが始まっています。

国内では、横浜市が2011年から「横浜ブル―カーボン事業」を展開しているのが有名です。
カーボン・オフセット(注3)の考え方を取り入れ、ブル―カーボンに貢献する環境保全等の取り組みに対し対価を支払う横浜ブル―カーボン・オフセット事業は先進的な事例です。
企業の間でもブル―カーボンを数値化したカーボン・オフセットへの関心はにわかに高まっています。

グリーンカーボンを増やすためには、陸で森を増やそうとすると土地と水が必要で、住民や農業などとの間で資源を巡る争いが生じることもあります。
ここ数年のアマゾンやオーストラリア、米・カリフォルニア等の火災も記憶に新しいですが、山火事が発生すると、二酸化炭素として大気中に戻ってしまいます。

陸の森と違って海の森は燃えることもなく、土地や水も必要ありません。
海の森を育て、守ることは、気候危機のリスクを少しでも軽減し、備えることにつながります。
ブル―カーボンに大きく貢献する藻場のポテンシャルはこれからさらに注目されていくでしょう。


(写真:unsplash)

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【注】
注1 炭素貯留/隔離:光合成生物が炭素を吸収し、光エネルギーを使って有機物をつくることを、光合成生物による炭素固定(carbon fixation)あるいは炭素同化(carbon assimilation)とよぶ。貯留(storage)は、炭素が蓄積されている状態を言い、大気と接していない状態を隔離(sequestration)とよぶ。
注2 英国プリムス海洋研究所の発見:英国プリムス海洋研究所のQueirós et al.はドーバー海峡での定点調査から、大型海藻類が底生生物の活動を通じて底深48mにある沿岸沖合の堆積物中に年平均8.75 g C·m−2·yr−1.隔離されているという結果を報告し、大型海藻がブルーカーボンとして重要であると指摘している。(*5)
注3 カーボン・オフセット:ある場所で人間の経済活動や生活などで排出された二酸化炭素などの温室効果ガスを、他の場所の植林・森林保護・クリーンエネルギー事業(排出権購入)による削減活動によって直接的、間接的に吸収しようとする考え方や活動の総称。

【参考文献】
(*1) UNEP(2009) BLUE CARBON. The role of healthy oceans in binding carbon. https://gridarendal-website-live.s3.amazonaws.com/production/documents/:s_document/83/original/BlueCarbon_screen.pdf?1483646492

(*2) IPCC(気候変動に関する政府間パネル)(2013), Climate Change 2013

(*3) 国際環境経済研究所(2019) http://ieei.or.jp/2019/05/special201608027/

(*4)Kokubu, Y., Rothäusler, E., Filippi, J. B., Durieux, E. D., & Komatsu, T. (2019). Revealing the deposition of macrophytes transported offshore: Evidence of their long-distance dispersal and seasonal aggregation to the deep sea. Scientific reports, 9(1), 1-11. https://www.nature.com/articles/s41598-019-39982-w

(*5)Queirós et al. (2019) Connected macroalgal‐sediment systems: blue carbon and food webs in the deep coastal ocean. Ecological Monographs, 89(3), e01366. https://doi.org/10.1002/ecm.1366

国立環境研究所(2002) 海の呼吸. 環境儀, 5, 1-14. https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/06/6.pdf

・ Filbee-Dexter, K., & Wernberg, T. (2020). Substantial blue carbon in overlooked Australian kelp forests. Scientific Reports, 10(1), 1-6. https://www.nature.com/articles/s41598-020-69258-7

・ 横浜ブルーカーボン・オフセット制度 https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/ondanka/etc/ygv/carbonoffset.html

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PROFILE
モバイルラッコ隊は、日本の美しく豊かな海の森「藻場」を守るために活動する非営利団体です。日本の藻場を脅威にさらす「磯焼け」問題の解決により、海の生物多様性の保全、漁業への貢献、そして気候変動への具体的な防止策とすることを目指しています。

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