ひじきが三つ星フレンチの味に!? 葉山の海藻の森を、泳いで、食べて、学んだ「ひじきデー」
今回は、私が暮らす神奈川県葉山町で、2022年5月4日に開催した「ひじきデー」という海藻づくしのイベントをご紹介する。
日本人の食生活の中には当たり前のように取り入れられている海藻。食卓でお馴染みの食材を、海の中で見たことはあるだろうか? 一般的に海藻は冬から早春にかけて大きく成長する。海が年間でも最も冷たい季節だ。一部のスキューバダイバーを除いては、海藻が海の中で最も生き生きしている姿を見る機会はなかなかないかもしれないが、この季節ならではの「海藻の森」はなかなか壮観だ。
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2022年4月上旬 葉山にて撮影
上記は「ワカメの森」。海水温が低かったせいか、今年は豊作だったという。
では問題。以下の写真の中には、何種類の海藻が写っているか、お分かりだろうか?
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2022年5月上旬 葉山にて撮影
ワカメ、ヒジキ、テングサ、フクロノリ、ホンダワラ…ぱっと見ただけでも実にさまざまな海藻が写っているが、即座に答えられる人がいたら相当の海藻マニアだろう。
海藻に限らず、普段の食生活で口にする食べ物が、自然界でどのような姿で生きているのかを知る機会は、現代社会では少ない。魚や肉は切り身、海藻は乾燥、野菜も綺麗に包装されている。食べ物の本来の姿と、それが口に入るまでの一連の流れを知ることは、私たちに新しい気づきを与えてくれるかもしれない。
こんな趣旨のもと、今が旬のひじきを「見て食べて学ぶ」イベントとして開催したものが、「ひじきデー」だ。(ひねりのないネーミングだが…)
- ・フリーダイバーのガイドで海の中に生えているひじきを素潜りで観察し
- ・漁師さんがひじきを釜茹でするプロセスを見学し
- ・三つ星フレンチシェフによるひじき料理を味わい
- ・海藻研究者により海藻のレクチャーを受けて学ぶ
というひじきのフルコース。どんな一日だったのかをご紹介したい。
ひじきの釜茹で見学:大きな鉄釜でグラグラ茹でられるひじき
雲ひとつない快晴のもと、葉山の真名瀬漁港に集まったのは、私がインストラクターを務める地元のジュニア素潜り部(主催:一般社団法人そっか)の子どもたちとファミリー、スタッフで総勢30名ほど。まずは港での釜茹で作業を見学。
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葉山で唯一の女性の漁師、長久保 晶さんとお弟子さんケンジさんの作業を見学させてもらった。葉山でのひじき漁の口開け(解禁)は海藻の育ち具合から、今年は4月末。つい数日前から順調に漁が進み、たくさんのひじきが収穫されている。このひじきを、大きな鉄鍋でグラグラと茹で上げる。
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朝から薪で火を起こし、大きな鉄鍋で茹で上げ一晩かけて蒸す。この間に鉄鍋の鉄分がひじきに吸着するそうだ。しっかり茹でて蒸すことで生臭さのない、ふっくらした釜揚げひじきが出来上がる。
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数日前のひじき漁の様子:漁師長久保晶さん提供
釜揚げひじきの美味しさは絶品だが、日持ちしないため、直売などでの販売がメイン。一般的に商品として出荷するものは乾燥ひじきだ。
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これは釜茹でした後で、一旦乾燥させたひじき。晴れた日に天日干しし、さらに小石やエビなどの細かいゴミを取り除く、という気の遠くなるような作業を経て出荷される。
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このように小さなカニなどが混じっている。ザルで濾して、一つひとつをピンセットで取り除く。収穫、釜茹で、天日干し、ゴミとり…乾燥ひじきが食卓に届くまでには大変な労力がかかっているのだ。そのせいか、この漁港ではひじき漁をやる漁師さんは減っているそうだ。
●ゆらめく海中のひじきを観察
漁港での釜茹で作業を見学した後は風が上がらないうちに急いで素潜りを、とその足で海へ。岩場が点在し海藻が多い「三が下海岸」に徒歩で移動する。
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まずはしっかり準備運動!そして水の中へ!
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本来は春濁りでいわゆる「味噌汁」状態でもおかしくない季節なのだが、この日の海の透明度はとても良く、絶好の素潜り日和だった。
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海水はまだ17~18℃と冷たいのだが、冬でも海に入っている地元の子どもたちはどこまでも元気だ。
午後の部のゲストである海藻研究者の山木克則さんも、シェフの生江史伸さんも素潜り上手で、朝から一緒に潜る。水に入ってしまえば、年齢も肩書きも関係なくなり、子どもも大人も一緒に素潜りを楽しんだ。
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海藻をよく知る山木さんは水中カメラで海藻の様子を着々と撮影していく。午後のレクチャーで最新の情報を使うためだ。
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よく見ると誰よりも長く海底に潜っているのはシェフ生江さん。
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潮が引いて岩の上に露出したひじき。数日前に漁で刈り取られたばかりなのでちょっと短い。
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水中のひじきは褐色がかった緑色をしている。
※ひじきなど海藻を漁業者以外が採取することは密漁として禁止されていることもあるので注意。
三つ星シェフが腕を振るう。いよいよ午後はひじき料理を食べる!
さて、午前中の素潜りを終えて、午後はいよいよお待ちかねのひじき料理の部だ。調理班はウエットスーツからエプロン姿に素早く着替えキッチンへ。
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さあ、このひじきがどんな風に変身するのか?!
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ひじき料理というと、醤油ベースの煮物を連想するかもしれないが、実はひじきそのものにはクセもなく、幅広く応用がきく食材。三つ星シェフの指示のもと、手早く分業作業が進み、30分余りで目からウロコのひじき料理たちが完成した!
この日のお料理は2品+パン。
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ひじきとトマト、アボカド、豆腐のサラダディップ
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ひじきとシソのペペロンチーノ
アオサのパン(鹿児島のアオサを使用。「ブリコラージュ」から提供)
マイカップ、マイ箸持参の会なので、盛り付けは高級フレンチとは遠いかもしれない。しかし、お味は最高! 丁寧な下ごしらえや、ちょっとしたスパイス、隠し味の黒糖などが調和し斬新でいて、なんだか懐かしいような、優しくて繊細な味だ。シェフは密かに試作を重ね、子どもにも大人にも美味しく食べられるひじきメニューを考案してくれていた。
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地元の夏みかん入りのクラフトビールを手に大人はニコニコ。美味しいものを、みんなで食べる時間は、人を笑顔にする。
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漁師さんたちも「自分たちが丹精込めて茹でたひじきがこんな料理になるなんて!」と感激してくれた。
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当日料理を担当した三つ星フレンチレストランのシェフ生江史伸さん。食材を求めて世界中を駆け回り、サステナブルな食の分野では世界でも一目置かれる存在だ。その彼が、当日は会場となった地元の保育施設のキッチン(海のじどうかん)で参加者を助手に、とても丁寧に、楽しそうに料理をしてくれた。
海藻の色が一瞬で変わる! 海藻博士によるマジックショーのような楽しいレクチャー
お腹が落ち着いたら、最後は海藻のレクチャー。海藻研究者で、葉山アマモ協議会の山木さんのお話が始まった。
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今朝一緒に潜った海の映像を紹介する。「今朝見たひじきは海の中では褐色だったのに、今食べたお料理では真っ黒。なぜ…?」
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お湯につけると、手品のように瞬時に鮮やかな緑色に色が変わる海藻。「おおー」という歓声で盛り上がる!
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退屈する間のない興味深い海藻のお話の数々。すっかり海藻の魅力にハマってしまいそうだ。しかし、海藻は近年減ってきている。原因はさまざまだが、いわゆる「磯焼け」は全国、全世界中の課題だ。
海藻と同時に減りつつある海産資源の話に及ぶと、港から駆けつけた漁師の長久保晶さんに語り手はバトンタッチした。年間を通してどのように漁をしているのか、海藻の減少による漁への影響、どうやって漁師になったのか…など。地元在住の参加者にも新鮮なお話ばかりだった。
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限られた期間、潜り漁もする長久保晶さん(カジメが豊かに生えている数年前の様子)
最後に生江シェフがエプロンを外して登場。自分が子どもの頃に遊んだ海の体験を踏まえて、高級なお料理を極めた立場だからこそ見えてきた、体にも地球にも良い、持続可能な食について。子どもたちの心にもスッと入りこみ、朝から向き合ってきた「ひじき」を通じて海で潜ることと食べることが1本の線で繋がってストン、とそのまま消化されたような気がする。
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- 「水は冷たかったけど、いろんな海藻を見られて楽しかった!ひじきがたくさん釜で蒸されてるのが大変そうなお仕事だと思いました。」
- 「ひじきランチは、パスタにひじきが入っているなんて、初めてでびっくりしたけどおいしかった。おかわりもしてたくさん食べました。」
- 「ワカメは手間がかからず、すぐに食べられるのに、ひじきは1日かけてやっと食べられるなんておどろきです。」
- 「三つ星シェフのご飯はほっぺたが落ちまくるほどすごく美味しかったので、もりもり食べました。」
- 「今、海藻はどんどん減っているそうです。こんなに美味しい料理が食べられなくなるなんていやです。海藻や海の生物たちのために、水温が高くならないように、海を守りたいです。」
こんなイラストを描いてくれた子も!
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- 「普段は脇役として食卓に登場していたひじき、あんなに輝けるなんて驚き!でした。そして、素潜りも。地上の環境の変化とともに年々変化していく海の中の世界も覗いてみたいと思いました。」
- 「この1日のおかげでより海藻が好きになったし、わさわさ海藻が育つような豊かな海に戻していくには私たちに何ができるのかなと考えるきっかけにもなりました。」
- 「海に生えている海藻のひじきが、鉄釜で手間をかけられ食べ物になり、そのひじきが料理されて食事になり、みんなで美味しくいただいて、自分のお腹に入る。豊かな海の恵みが自分の口に入るまでを実際に見て感じられた、とても楽しい1日でした。不思議と“食べる”という記憶は深く心に残ります」
●イベントを終えて 〜持続可能な食べ方を考えるヒント〜
食べる、潜る、学ぶ。海との関わりがまた一段と深まった一日だった。今回は地元のイベントとして小規模に急遽実施したものだが、漁師、シェフ、研究者というスペシャリストたちと、子どもたちによる化学反応を垣間見ることができた。
シェフ 生江さん
漁師 長久保さん
海藻研究者 山木さん
食べることは生きること。海を愛するものとして、持続可能な食べ方そして生き方を、見つけていきたい。そんなことを体感してくヒントとして、こうしたイベントを是非また開催し、より多くの人と共有できればと思う。また、このレポートが誰かのインスピレーションになれば幸いだと思っている。
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漁師:長久保晶さん(葉山漁業組合 専業漁師 「桜花丸」)
海藻研究者:山木克則さん(葉山アマモ協議会)
シェフ:生江史伸さん(レフェルヴェソンス)
パンの提供:ブリコラージュ
主催:一般社団法人そっか「ジュニア素潜り部」、フリーダイバー武藤由紀
場所:海のじどうかん
写真:上山葉、山下梨恵
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