素潜りライフのススメ(第6回)

氷の下の「アイス・フリーダイビング」で世界記録が続々と更新!公式競技化も

新緑の季節がやってきた。

明るい太陽、温かい水温、優しい水の感触はスキンダイバー、フリーダイバーにとって潜る喜びの一つ。これからやってくる夏の数ヶ月は、日本国内だけでなく、北半球でもっとも素潜りが盛んになる季節だ。

暖かい=楽しい、好き
寒い=辛い、嫌い

これが割と普通の感覚だと思う。大多数の人は暖かい海を好むし夏が好きだ。実際、低水温では分厚い装備が必要になる上、筋肉がこわばり運動のパフォーマンスは下がる。より深く長く潜るフリーダイバーが好記録を出すためには、通常は20℃以上の暖かい海が理想的なのだ。

けれど、なぜか「寒さ」に惹かれる人たちは一定数存在するようだ。

かくいう私も数年来、北海道知床の流氷下のフリーダイビングを体験してきた。しかしこれはあくまで「お遊び」、「体験」の域。世界にはこれ以上の、常識を超えたチャレンジを本格的にする人たちがいる。

今期のアイス・フリーダイビング世界記録

つい1ヶ月ほど前の3月下旬、北欧やロシアで氷の下でフリーダイビングの世界記録更新のニュースが流れた。

●アレクセイ・モルチャノワ(Alexey Molchanov)男性

ロシア・の凍結したバイカル湖で 水深 -80m ギネス世界記録

●ヨハンナ・ノードブラッド(Johanna Nordblad)女性

フィンランドの凍結したSonnanen湖で 平行潜水 103m ダイブタイム2分42秒 CMAS世界記録
フィン無し、ウエットスーツ無し

●アーサー・ゲラン・ボエリ(Arthur guérin boëri)男性

フィンランドの凍結したSonnanen湖で 平行潜水 120m ダイブタイム 3分 CMAS世界記録
フィン無し、2mmウエットスーツ

アレクセイが行なった種目は通常のフリーダイビング大会では適温の海で行われるCWT(コンスタント・ウエイト)というもので、彼自身、通常競技では-130mという世界記録を有している。

ヨハンナとアーサーの平行潜水の種目に関しては通常は室内プールで実施する「プール競技」であるDNF(ダイナミックウィズアウトフィン)のアテンプト(※)だ。しかし今回の舞台は湖で、しかも氷の下で。装備はヨハンナは水着、アーサーは薄い2mmのウエットスーツ。この条件下でまるでプールさながらのパフォーマンスを見せた。

※アテンプト:世界記録認定のために、ルールや基準に則り競技環境、安全対策や審判環境を整え、申請した日程で選手が個人的に行うダイブ。

ひとつ注目したいことは、ヨハンナとアーサー、この二名の記録が「公式世界記録」として認定されたということ。つまりは、アイスダイビングが正式競技化されたということになる。

アイス・フリーダイビングがCMASの公式種目に

これまでも、世界記録と称されるアイスダイビング記録はあった。今回のアレクセイも、あくまで選手が個人的に申請して行う「ギネス」記録。これに対してフィンランドでの二名の記録は、CMAS(※)という競技団体が正式に競技化し、ルール化したスポーツ競技としての公式記録だ。
※CMAS(シーマス/クマス):世界水中連盟
https://www.cmas.org/

今回の大会会場 フィンランドのSonnanen湖 photo by  Antero Joki

今回の大会会場 フィンランドのSonnanen湖 photo by Antero Joki

これに関して、今回の二名の世界記録アテンプトのオーガナイザーであり、CMASチーフジャッジでもあるフィンランドのAntero Joki(アンテロ・ヨキ)氏に質問したところ、競技化についての以下のような回答をもらった。

「2年以上前から、CMASとAIDA(フリーダイビングの2大競技団体)にアイスフリーダイビングの競技化申請をしていたが、なかなか叶わなかった。この冬ようやく正式競技となり、私と選手とでプール競技を元に競技ルールや安全管理ルールを作り、公式競技化されました。これまで各地で行われていたアイスダイビングのギネス記録は毎回ルールが独自のものであったり、安全管理についても決まった基準がありませんでした。今後深度競技についても整備していきたいと思っています。また、日本にもアイスダイビングに興味を持つ人が増えたらとても嬉しく思います」。

Antero Joki氏(by Elina Manninen)

Antero Joki氏(by Elina Manninen)

ちなみに、アンテロ氏らが2012年から開催していたアイス・ダイビングのファンダイブイベントは今年はコロナ禍で中止となったとのこと。
https://www.paijanneontherocks.com/

こんな中、今回の世界記録アテンプトに関しては、大会という形ではなく、選手二名の世界記録アテンプトとして開催された。選手たちの安全管理にはことさらに万全を期し、安全ケーブルを配置するなど工夫が凝らされ、一流のセーフティダイバーを複数人配置した。

いつでも水面に上がれるように複数の穴を開けている。(photo by  Antero Joki )

いつでも水面に上がれるように複数の穴を開けている。(photo by Antero Joki )

フランスのアーサー・ゲラン・ボエリ氏は、もともと複数の世界記録を有するトップフリーダイバー。今回はアイス・フリーダイビングの公式競技化に尽力しつつ選手として世界記録も達成した。その裏には、世界記録に向け冬のパリの川を水着で泳ぐなど、ひとかたならぬ努力をしてきている。公式記録直前のウォーミングアップとしてはサウナに入り、そのあとは呼吸法などを念入りに行なったようだ。彼はさらに世界記録を更新したい、と語っている。

Arthur guérin boëri氏(photo by  Antero Joki )アテンプト直前に集中力を高めている

Arthur guérin boëri氏(photo by Antero Joki )アテンプト直前に集中力を高めている

ヨハンナ氏が語るアイス・フリーダイビングの魅力〜まるで深海と同じような特別な静けさに満ちている場所〜

今回水着でアイスダイビングを行なったヨハンナ・ノードブラッド氏は自らを「アイスフリーダイバー」と称して、寒冷地での水中モデルなどもこなしている。このような挑戦をする人が、一体どんな人物なのか興味を抱きコンタクトを取ったところ、丁寧に回答をもらうことができた。彼女からのコメントを読むと、このチャレンジが決して単にエキセントリックなものではなく、ナチュラルに、真摯に自分と向き合う中で達成された結果であることがわかる。

Johanna Nordblad氏(photo by  Antero Joki )

Johanna Nordblad氏(photo by Antero Joki )

――今回の世界記録達成についてどのように感じていますか?

ヨハンナ

正直なところ、今回のWR達成は私の人生の中でも一番と言って良いくらい、困難なものでした。現在フリーダイビングのドキュメンタリー撮影が進む中で大きな期待を背負ったまま、アテンプト自体がコロナの影響で延期され、またフィンランドでも多くのプールが閉鎖されてしまいトレーニングも思うように出来ない一年でした。そんな状況で、2020年にトライするはずだった挑戦が延期されたおかげで今回「公式記録」として認定されることになり、結果としては大満足しています!

――あなたにとってアイスダイビングの魅力とは?

ヨハンナ

ここフィンランドでは、一年中海の水は冷たいのです。なので、冷たい水に入れれば、それだけ沢山素潜りできるというわけです。あとは、慣れ(笑)。氷の下のフリーダイビングは、まるで深海と同じような特別な静けさに満ちていて、ひたすら深い集中に入れることが大好きな点です。

――アイスダイビングは危険ではないですか?アクシデントなどにあったことはありますか?

ヨハンナ

もちろん、アイスダイビングにはたくさんのリスクがあります。けれど私自身は一度も危険な目に出会ったことはありません。通常のディープダイブと同じように危険があるからこそ、念入りな安全管理体制を整えて臨みます。たとえば、氷の下では方向がわからなくなってしまい、浮上できなくなるリスクがあるのでロープやラニヤードケーブル(ロープと選手の体をつなぐケーブル)を用いるなど、工夫を凝らしています。

――フリーダイビングをはじめてから、アイスフリーダイバーになるまでの道のりは?

ヨハンナ

私は2000年からフリーダイビングを始め、2004年のニースの世界大会ではダイナミック(プール種目)で世界記録をとりました。その後2010年に、ダウンヒルバイクの事故で骨折し、それ以降、痛みの後遺症が酷くなってしまったのです。その時に医師の勧めで「寒冷療法」を試したことがきっかけです。

冷たい水の中に恐る恐る入ってみると、とても気持ちよく、それから段々と冷たい水が好きになっていきました。その気持ち良さは、外から見ているだけだとわからないかもしれないけれど、やってみると気持ちが良い。スタティック(息止め)をしている時のような…そんな感じです。

私は、水の中にいるのがただただ、大好きなのです。それが暖かい真っ青な海でも、暗くて冷たい湖でも、どちらでも変わりなく大好きです。ついでに、いまでも森の中をバイクで走るのも大好き。

――冷水で潜るための特別なトレーニングなどは行なっていますか?

ヨハンナ

私の場合フリーダイビング・トレーニングはまず、水に入ってただ楽しむことが基本です。その中で、だんだん、ここをトレーニングしよう、と固まってきます。もちろん世界記録のためには随分と冷水でトレーニングが必要でしたよ。

私はこの8年間、ほぼ毎日冷たい水に入っています。その間に、自分の体が、冷水の中でどんな風に機能するのか、よく観察してよくわかるようになりました。一番大事なことは、寒いときに体がどのように感じるかをしっかり理解すること。今では寒さを楽にコントロール出来るようになりました。

――一番好きな海はどこですか?

ヨハンナ

ここフィンランドのバルト海です。なぜなら毎日入れるから。ここは暗くて、冷たくて、その上何も見えないのだけど、それでも私はこの海に恋してしまっています。

――次の目標は?

ヨハンナ

そうね…まだわかりません。でも、やりたいなと思っていることは、アプネアトレーニング(フリーダイビングの息止め)プログラムを作ること。なぜなら、私自身にとって人生を変えた最大のもの、それがアプネア、「息を止めること」だったから。人生、自分自身、自分の可能性と世界そのものについての考えを変えてくれたものです。

トップクラスの選手のためのものではなく、一般の人たちが気軽にできるもの。誰もが気持ちと感情のつながりを理解し、自分とつながることができるような…幸せになる方法を学ぶための一番簡単な方法。それをシンプルに実現できるものがアプネアトレーニングだと思っています。これをより多くの人に広めていくのが私の願いでもあります。

こうした質問のやり取りをするなかで、彼女の、冬の寒さや静寂そのものを愛する、暖かな人柄が感じられた。

スポーツというものの永遠の謎

アイスダイビングはリスクだけではなく、地理的な制約、その過酷な環境などから、簡単に一般に広まるものではないと思う。しかし今回の二名の公式世界記録は、ただ自分たちの記録達成にこだわるだけでなく、スポーツとしての道筋を作ることにより、より安全に公平にトライできる新たなフィールドを切り開いたことになる。それは私たちにも新しい景色を見せ、気づきを与えてくれた。

一般的には決して楽しく快適ではない場所だからこそ、そこでしか見えない景色がある。だからこそ、そこでしか出会えない自分自身を発見するに違いないのだ。

それにしても、「何もわざわざそんな寒いところで潜らなくても…」と思うかもしれないが、「何もそんな深く潜らなくても」、「そんなに長く息を止めなくても」という、そもそもエクストリームスポーツの一つであったものがフリーダイビングだ。

フリーダイビングだけでなく、「そんな高い山に登らなくても」「そんなに長距離走らなくても」「そんなに早く泳がなくても」…よく考えてみたら全てのスポーツがエクストリームの要素を秘めている。古来から、人間が追い求めているスポーツというものの永遠の謎でもある。そして、それを追い求める姿は、やはり美しい。

photo by Antero Joki

photo by Antero Joki

*特に氷の下でのフリーダイビングは危険を伴いますので決して安易に真似をしないようにしてください。

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PROFILE
Apnea AcademyAsiaフリーダイビングインストラクター。 2015年フリーダイビング日本代表選手。CWT(フィンをつけて潜る競技)では水深-60mの公式記録を有する。オーシャナ主催のスキンダイビング講習会ではメイン・インストラクターをつとめる。また、自ら主催するフリーダイビング&スキンダイビングサークル「リトル・ブルー」や地元葉山での素潜りを通じ、素潜りや水の世界の素晴らしさを伝える活動をしている。