第1回日本水中フォトコンテスト受賞者インタビュー(第3回)

中村征夫賞 犬飼啓介氏「言葉で語らずとも伝わることが写真の魅力であり、人の心を動かせる最高の手段」

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2023年にスタートした「日本水中フォトコンテスト」。現在、第2回の作品応募の真っ最中だが、昨年の上位入賞者の皆さんにフォトコンへの思いや入賞のコツなどをインタビューさせていただいた。この記事を、これから作品を応募する方はぜひ参考にしていただきたいと思う。第三弾は迫力あるクジラの親子の作品で、中村征夫賞を受賞した犬飼啓介氏をご紹介しよう。

中村征夫賞「軽石とザトウクジラ」 撮影/犬飼啓介

「新聞の一面に掲載されるレベルの作品」という中村征夫氏の言葉が本当に嬉しかった

オーシャナ編集部(以下――)

この度は第1回の「日本水中フォトコンテスト(以下、JUPC)」で見事、中村征夫賞を受賞され、おめでとうございます。受賞を知ったとき、どのように感じられましたか?

 

犬飼啓介氏(以下、犬飼氏)

嬉しかったのと同時に、今まで一緒に潜ったガイドさんや仲間への感謝の気持ちが込み上げてきました。陸の写真と違い、水中はガイドさんがいなければ撮影できない特殊な環境だと思います。沖に出たければ、船長さんに連れて行ってもらうしか方法がありません。そして、この喜びは仲間と共有してこそ本物になるべきだと感じました。

 
――受賞作品は軽石とクジラの親子、しかもモノクロ写真という大変インパクトの強い作品でした。この写真を拝見して、どうしたらこんなふうに撮影できるんだろうと思ったんですが、どんな状況で撮影されたのですか?

犬飼氏

2年前くらいに、沖縄に3日間クジラの撮影に行っていました。2日間は天気がよかったのですが、この作品を撮影した日はちょうど天気が悪く、軽石の影響で透明度も良くありませんでした。しかし、この作品については、自分にとっては美しい青い海である必要はなくて。伝えたいものが、「生き物の生と死」というテーマで、それにはモノクロで表現したほうが、自分の意図に合った写真になると思ったんです。また軽石の被害にあわれた方々の心中を考えると、いわゆる映える写真ではなく、ジャーナリスティックな写真を撮りたいと思っていました。

 
――確かに、この作品からはそんな意図がしっかりと伝わってきます。モノクロにすることで、クジラの白と黒のコントラストが際立って、目力も強く感じますよね。

犬飼氏

クジラの造形美も、モノクロにすると際立ちますしね。表彰式で、中村征夫先生から「新聞の一面に掲載されるレベルの作品」と言っていただいたのが、本当に嬉しかったです。モノクロで仕上げた真意や、僕が思い描いた背景までが、中村先生に伝わっていたと感じました。こんなに嬉しいことはないですよね。しかも、ダイビングを始める前から、著書「全・東京湾」と出会い、中村先生の大ファンでしたので、喜びもひとしお。
「言葉で語らずとも伝わる」。これこそが写真の魅力であり、人の心を動かせる最高の手段だと感じています。

 

水中写真を知らない人に、自分の写真がどんな伝わり方をするのかを大切にしている

――犬飼さんが水中写真を始められたきっかけを教えていただけますか?

犬飼氏

旅と自然が大好きで、その素晴らしさを表現するために写真を始めました。そして未知の世界である水中への憧れが、ダイビング及び水中写真へと発展。その後、海洋哺乳類の撮影に憧れ、初めてザトウクジラと水中で出会い撮影できた時の感動は、未だに言葉にできません。

――写真はどなたかに教わったりされたんですか?

犬飼氏

2019年に水中写真家の上出俊作さんのフォトセミナーに参加しました。その時に水中で必要な撮影技術だけでなく、小さな命との接し方、海に入る心構え、そして何より水中写真の素晴らしさを教わりました。

上出氏のフォトセミナーに参加したときに撮影したナカモトイロワケハゼ。沖縄・名護にて(写真/犬飼啓介氏)

――被写体としてお好きなのは、やはりクジラなんですか?

犬飼氏

クジラはもちろんですが、海洋哺乳類全般が好きです。今後はシャチも撮影したいと思っています。

 

――どんな写真が撮れるか、楽しみですね。ところで犬飼さんは水中写真を撮っていない、見たことがないような方にも写真の感想を聞いて、それを参考にされていると言われてますが、どういった効果があるのですか?

犬飼氏

そうですね。水中写真を撮っている人だけで盛り上がっているのは、寂しいじゃないですか。自分の写真がどんな伝わり方をするのかを、いろんな方に聞いています。例えば「クジラのブツブツって、気持ち悪い…」「イルカのほうがかわいい」なんて意見を聞いたり(笑)、人によって心に響くポイントは違いますので、そこに新たな発見がありますね。
また、僕は厳しい意見を言ってくださる方に、あえて酷評をいただいています。仲間内だと、褒め合いで終わることが多いので、それだと伸び代がなくなり、もったいないと感じます。

 
――犬飼さんが「水中写真がうまくなるコツ」と思われることがあれば、教えていただけますか?

犬飼氏

水中だけでなく、陸上でも写真を撮影することです。風景、人、物、建築、動物など、いろいろな分野の撮影技術を知ることで、水中でも様々なアレンジが容易にできるようになります。特にストロボは、日頃から陸上用を愛機と組ませ、たくさん使用するべきです。
また僕は、構図とピントにとことんこだわり、少しでもマイナス点があれば毎回反省して、改善策を模索しています。自分が仕上げた写真を客観的に見て「世に出して良いレベルなのか?」と考える時間も非常に重要だと思います。

そして、改めて感じることは、素晴らしい作品をSNS以外の媒体で見て感じる機会が、自分の感性を磨く上で、いかに重要かということです。一緒に海に通ってくれる仲間や、僕たちを案内してくれるガイドさん、そして水中写真に詳しくない方々の意見を素直に受け止め、これからも精進したいです。

 

紙媒体の写真の説得力は、画面だけで見る写真とは違う力がある

――犬飼さんが第1回のJUPCに応募しようと思ったのは、何かきっかけや理由がありましたか?

犬飼氏

ズバリ、プロカメラマンや現地のガイドさんをビックリさせたかったからです。なかなか海に行けない中、水中写真への情熱は日々心の中で膨らみ、撮影した写真を自宅で印刷することで、自然への敬意を形にしていました。そんな日常の中で「紙媒体でしか伝わらないものがある」という確信が生まれ、今回の作品応募へと繋がりました。

 
――今は、SNSなどで手軽に水中写真もほかの人に見てもらったり、拡散したりできますが、それとは違う価値がプリントした写真にはありますよね。

犬飼氏

紙媒体にしかない説得力がありますので、テレビの画面で見るより、新聞や雑誌に載っている写真の方が心に刺さりますよね。また、印刷すると、ピントや構図の甘さなどの反省点が露呈するので、それを成長の糧にしたいですね。

 

御蔵島のイルカの群れ。フィッシュアイレンズではなく、14㎜の広角レンズで撮影している。背景の岩の質感にもこだわっている(写真/犬飼啓介氏)

――犬飼さんが現像段階でこだっているポイントなどありますか? 「自分らしい写真に仕上げるレシピ」などがあれば、教えてください。

犬飼氏

現像では世界観を大切にしていますが、僕の場合、その世界観は1枚1枚で異なります。表現したいものが、海の美しさなのか、命の儚さなのか、輝く生命力なのか、自然の厳しさなのか。さまざまなテーマを常にイメージすることが大切だと思います。そして、一番重要なポイントは、やはり自然な仕上がりです。過度な明瞭度や彩度、及び編集は、見た人の心にメッセージを贈る上で障害となります。またトリミングをできる限りしないことにこだわっています。

 
――どんなテーマを伝えたいかを、現像段階でもしっかり考えることが大事なんですね。では最後に今回の受賞を受けて、「フォトコン入賞の秘訣」と思われることがあれば教えていただけますか?

犬飼氏 自分の写真を厳しく評価することが秘訣ですが、それは自分だけの力では難しいと考えます。なぜなら、撮った本人の目には、固定概念や、撮影した情景への思い出によるバイアスがかかっている場合が多いからです。僕は、知人であるプロの風景写真家の方や、水中に縁がない友人、お子さんにまで写真の感想を聞き、それを自分の表現方法に落とし込むようにしています。上達すればするほど写真は楽しくなるので、僕自身、まだまだチャレンジは続きます。写真と出会えて、本当に良かったです。最後になりましたが、JUPC関係者の方々、大変貴重な経験をさせていただき、心より感謝申し上げます。

中村征夫賞受賞
犬飼啓介氏 Keisuke Inukai
犬飼啓介
自然が大好きな歯科医師。自然の素晴らしさを表現するために写真を始める。そして未知の世界である水中への憧れが、ダイビング及び水中写真へと発展。海洋哺乳類の撮影に憧れ、初めてザトウクジラと水中で出会った時の感動は「言葉にできません」とのこと。今後の目標はシャチの水中撮影。ダイビング歴約9年、約188本、水中写真歴約4年。

第1回JUPCの中村征夫賞を受賞した犬飼氏のインタビュー、いかがだったろうか? 自然を愛し、海洋哺乳類の撮影に憧れ、こだわりを持って撮影を続ける真摯な姿勢が、決定的な一枚となる受賞作品を生み出したのだろう。

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PROFILE
大学時代に慶良間諸島でキャンプを行い、沖縄の海に魅せられる。卒業後、(株)水中造形センター入社。『マリンダイビング』、『海と島の旅』、『マリンフォト』編集部所属。モルディブ、タヒチ、セイシェル、ニューカレドニア、メキシコ、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、オーストラリアなどの海と島を取材。独立後はフリーランスの編集者・ライターとして、幅広いジャンルで活動を続けている。
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