海×夢プロジェクト“水中カメラマンへの道”(第1回)

仕事を辞めて伊豆へ移住します! ~25歳の決断~

菊地聡美

はじめまして! 菊地聡美と申します。
1989年生まれの25歳、埼玉生まれで18歳から東京で過ごしてきました。

1年前はまさかこんな記事を書いているなんて思いもしませんでした。

高校3年生で進路を決めるとき、特にやりたいこともなく、大学にも魅力を感じなくて、とりあえず医療系の資格を取ろうかな、歯医者だったらいっぱいあるし、職にも困らなそう。
もし、将来やりたいことが見つかったらそこから頑張ればいいし!

……という理由で歯科衛生士の専門学校に行き資格を取りました。

卒業してからは歯科医院に就職し、仕事自体は楽しく、勉強するのもおもしろかったのですが、その仕事が大好きでプロフッショナルな仕事ができるのが理想の私は、どうしても自分に甘いところがあるため、どこかで妥協してしまう部分があり、尊敬する先輩に比べて仕事を突き詰められない自分にずっともやもやしていました。

菊地聡美

そんな中、オーシャナを見つけ、ダイビングとカメラと旅行が大好きだった私は、いろんなところに潜りに行けて羨ましいな、どうやったら仕事にできるのだろう、と以前からうっすら思っていたのもあり、「私も、少しでもダイビングに関わる仕事がしたい!」と思い、特出してできることもなく、ダイビング経験もまだ少ない(40本程度)ため、雑用でもなんでもやります!と、やる気だけはあることをアピールした長文を送りました。笑

それがきっかけでオーシャナ編集長の寺山さんとお会いできることになり、初めはライターの勉強をしながら、ダイビングの経験も重ねて、いずれは自分の写真を載せながら記事を書けたら…という話をしていたのですが、
「写真の話が多いけど、カメラマンになりたいわけじゃないんだよね?」という寺山さんの一言に、

えっ! カメラマン…? カメラマン、やりたい私!

と思ったのですが、簡単になれるものではないと私でも理解していたので、一瞬止まりつつもそこでやりたいですと、はっきりは言えず持ち帰って考えることにしました。

しかし、後々考えてもやっぱりやりたい気持ちが大きすぎて、

ダイビングや写真のことだったらずっと考えていられる…
本当にやりたいことってこれかもしれない…
年齢的にも歳をとればとるほど動きにくくなるし…

菊地聡美

やりたいことやって人生を楽しくがモットーの私は、少し考えると言ったにも関わらず、翌週には「カメラマン目指したいです!」と、寺山さんに伝えていました。笑

「え……? ほ、本気?」と驚く寺山さんに本気なことを伝えてあれこれ話を聞くと、「とにかく、まずは潜り込んでダイビング自体のスキルをあげなくては話にならない。あとは撮りまくらないとね」。

最初は働きながら週末撮影しようと思ったのですが、「それでは、ごっついカメラ持って週末に撮影している、ハイアマチュアのおっさんにも勝てないよ。あのおっさんたちに勝つにはどうしたらよいか考えてごらん」と言われ、考えた結果……

3年半やっていた仕事を辞めちゃいました!

「マジか! マジなんか!」と驚く寺山さんでしたが、あれこれ手を尽くしてくださり、住み込みながら潜って撮らせてもらえる環境を紹介してくださいました。

ということで、慣れ親しんだ東京を離れ、西伊豆の安良里に住むことにしちゃいました!
寺山さんの師匠的な存在の山中さんにお世話になります。

寺山さんは、「『うちの娘をそそのかして仕事辞めさせ、伊豆送りにした』とかって、俺、親御さんに怒られないよね? 」と心配顔でしたが、自分で決断しました。

そんなわけで、ここで少し記事を書かせていただきながら、カメラマンを目指す道のりが始まりました。

もちろんこれでうまくいくとは限らないですが、たくさん勉強しながら経験を積んで、自分の色のある写真を撮っていくことができたらなと思います。

まだペーペーなのでアドバイスなどありましたらいただけると嬉しいです。
安良里で見かけたら声かけてください。
よろしくお願い致します!

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writer
PROFILE
1989年生まれ。
専門学校を卒業後、歯科衛生士として歯科医院に務める。
多忙な日々を送る中で、ハマったダイビングとカメラと旅行。
オーシャナとの出会いで一念発起し、歯科医院を辞めカメラマンを目指すために東京から伊豆へ移住。
昼はダイビングサービスを手伝い、夜はアルバイトをしながら1年間で450本潜っていたが、耳の問題でドクターストップがかかり東京に戻ることに。