安全ダイビングのための15の提言集(第2回)

海外ダイビングツアーにおける法的リスクについて

海外のダイビングツアーおいて、受け入れ側、参加者側それぞれが、ダイビング事故の際に生じる法的リスクを知っておくことは重要です。

日本で最もダイビング訴訟を担当する弁護士による、実際の裁判を想定した、準備すべきこと、事故発生時にすべきことの検討、アドバイスは参考になると判断し、このテーマを選出しました。

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損害賠償請求訴訟における裁判所の管轄の問題

海外でダイビングをしていて事故に遭遇し、損害賠償請求訴訟を起こす、あるいは訴訟が起こされる場合、まず、裁判所の管轄の問題(どこの裁判所が当該事件を扱うかということ)が生じます。

日本で事故が発生すれば、日本の裁判所に管轄がありますが、海外で発生した事故になると、当該発生した地域の裁判所に管轄があります。

もっとも、管轄は事故の発生場所だけで決まるわけではありません。

事故の当事者の居住地が日本にあれば、日本の裁判所にも管轄があると考えられます(これは、来日した外国人が日本で事故に遭った場合も同様です。そのため、近年、事故に遭った外国人が本国に帰って訴訟を起こすことが問題になっています。本題からはずれますが、ツアーの同意書などもインターナショナルのものを用意しておく必要があるように思います)。

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日本の判決は日本でのみ有効
外国判決の執行にはハードルも

もっとも、日本の裁判所で賠償請求を命じる判決が出されたとしても、その判決に基づいて、当然に外国で強制執行できるというものではありません。

日本の判決の効力は、日本においてのみ効力を有すると考えられるためです。

したがって、外国の居住者や外国に拠点がある法人に対して、日本で裁判をしても賠償金を得ることは困難と考えられています。

一方、外国で得た判決についても、当然に日本で執行できるものでもありません。

ただし、民事訴訟法118条で、外国で得た判決が日本で効力を要するための要件(当該外国において、日本で当該外国判決を承認・執行するのと同様の条件で、日本の判決が当該外国で承認・執行されることが保証されているか〈相互保証〉など)が満たされた場合には、外国で得た判決も日本で効力は有することになります。

たとえ、外国判決が日本で効力を有したとしても、その外国判決を日本で強制執行するためには、日本の裁判所における執行判決も必要になります。

そのため、企業間の巨額の紛争であればともかく、人身損害については外国の判決が日本で執行されることは考えにくいと思います。

このように判決が出たとしても、その判決を出した国以外で執行手続きをすることは難しいため、外国で強制執行をするのであればその外国で賠償請求訴訟を行うことを検討することになりますが、国によって準拠法も異なることなどから、これも一般的に高いハードルがあると考えられます。

なお、日本のインストラクターやガイドが海外で事故を起こした場合、海外で刑事事件になる可能性もあります。

ダイビングの事故ではありませんが、日本の医師がタイの病院に依頼されて、タイの病院に出張して手術をしたところ術後に患者さんが死亡しました。

タイの警察から日本に帰国した医師に対し、事情聴取のための呼び出しがあったため、相談を受けたことがあります(タイの法律に詳しい弁護士にバトンタッチしました)。

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ダイビング事故におけるツアー企画者への責任追及

外国の居住者や外国に拠点がある法人から賠償金を得ることが困難なこともあり、外国で発生した事故でも、日本に居住地がある人や拠点がある法人を相手に賠償請求をすることはよくあります。

日本のツアー会社による海外ツアーで、現地で手配したガイドがゲストを引率している際に事故が起きた場合などがそうです。

ダイビングでも海外のツアーが企画され、現地ガイドに案内してもらうということがあると思います。

もし、そのような状況で事故があった場合、責任関係はどうなるでしょうか。

海外でダイビングをした人が減圧症を発症し、ツアーを募集した旅行代理店を訴えた判例(東京地裁平成26年10月3日判決)があるので紹介します。

原告はマレーシアのマブール島でのダイビングツアーに応募したダイブマスター資格を有するAさん(女性)です。

その日のダイビングは1回目は9時8分〜10時3分、2回目は11時21分〜12時26分、3回目は15時12分から16時16分に行われました。

1回目は水深34m 程度まで潜水することもあったようです。

3回目のダイビングのときに、ロブスターがいる海中洞窟付近に行きました。

しかし、当該洞窟は狭く、複数のダイバーが一度にロブスターを見ることはできなかったため、現地のガイドのCさんはAさんともう1名のダイバーには洞窟の入口付近(水深約27.7m)で待機するように指示し、他のダイバーをロブスターがいる場所に引率しました。

Aさんともう1名のダイバーは指示された場所に待機していましたが、Cさんがなかなか戻って来ないため、ダイブコンピュータの指示に従いながら浮上しました。

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その日の夕食時、Aさんは手が痺れてナイフが持てなくなり、翌日も痺れがとれないため、病院で診察を受けたところ減圧症と診断され、救急車でマレーシア海軍の病室に運ばれ、高気圧治療を受けました。

なお、ガイドをしたCさんは現地のダイビングサービスB 法人の従業員で、旅行代理店はB 法人にダイビングガイドを依頼していました(実際には旅行代理店とB 法人の間にはガイドを手配した別の法人が関与していましたが、今回は話を簡単にするために省いています)。

日本に帰国後、Aさんがツアーを募集した旅行代理店に対し、約8000万円の賠償金を求める訴訟を提起しました。

Aさんの訴えの根拠は、次のようなものでした。

①Cは1回目に水深34mまで潜水しているにもかかわらず、3回目に水深27.7mで7分間、待機するというような不適切な指示をしており、安全配慮義務違反がある。

Cは旅行代理店の履行補助者(注1)であり、Cの義務違反は旅行代理店の義務違反になる。

②旅行代理店は、現地でガイドを行うB法人の安全体制について何ら調査を行っていない。

安全にダイビングが行えるか、B法人の事故防止対策や安全管理の状況について調査を尽くすべき義務があったが、それを怠った。

裁判所はAさんのこれらの訴えを棄却しました。

①については「旅行約款の規定から、旅行代理店は旅行サービス提供機関を手配する義務(注2)を負うにとどまり、旅行サービスを提供する義務(注3)まで負うものではない。

したがって、現地ガイドであるC は旅行代理店の履行補助者とは認められない」などと判示しました。

また、②の点については、「ツアーを計画した者は、海外旅行、特にダイビングを行う旅行には危険が伴うことなどからすれば、旅行の参加者の生命、身体など安全を確保するため、旅行行程の認定及び旅行サービス機関の選定にあたって、合理的な判断及び措置を行う義務等を負う」などとしたうえで、「B 法人が行ったダイビングガイドで重大な事故が生じたことがあったなど、B 法人の安全性を疑わせるような事実が認められなかったことからすれば、B 法人を選定したことは合理的であり、旅行代理店に注意義務違反があるとは認められない」などとしました。

なお、この裁判では旅行代理店の注意義務違反は棄却していますが、この旅行代理店とAさんとの間には傷害保険契約が締結されており、予備的請求として当該保険契約に基づく保険金請求が行われていました。

この予備的請求についてはAさんの請求が一部認められています。

注1=「履行補助者」とは履行にあたって使用する者をいい、たとえば会社であれば従業員が履行補助者になります。

注2=本件では、ダイビングガイドを行うダイビングサービスを手配する義務。

注3=本件では、ダイビングガイドをする義務。

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ダイビングショップ主催ツアーの責任の範疇を考察する

前記判例は旅行代理店がツアーの主催者でしたが、ダイビングショップがツアーを行った場合には、この判例と同じ結論が出るとは限らないと思います。

旅行代理店はダイビングガイドを行うダイビングサービスを手配する義務までしか負っていませんが、ダイビングショップがツアーの主催者になる場合は、ダイビングショップ自体がダイビングガイドをする義務を負っていると考えられるからです。

実際には現地ガイドを頼んでいたとしても、ダイビングショップのスタッフも一緒にダイビングをしているのであれば、ダイバーの危険をコントロールできる立場です。

そうなった場合には、現地ガイドをダイビングショップの「履行補助者」とする余地はあり得ますし、ダイビングショップ自体に注意義務違反があったと認める場合もあると思います。

たとえば、前記判例では、ダイビングショップのスタッフが一緒に潜っていれば、「このような潜水方法はやめるように」と注意をすることが必要であったかもしれません。

必要な注意をすべきであったにもかかわらず、現地ガイドに任せきりにして注意を怠ったというのであれば、ダイビングショップの責任を問われた可能性はあると思います。

海外の事案ではありませんが、私自身が担当した事案でも、都市型ダイビングショップがリゾートでダイビングをした際に現地のダイビングショップにダイビングガイドを依頼していましたが、事故が起きた際には、現地ガイドとともに都市型ショップも訴えられています。

ツアーの参加者と実際に契約を締結しているのは都市型ダイビングショップであること、ツアーの参加者はダイビングガイドを選択できないこと、現地ガイドを選択したのは都市型ダイビングショップであること、ツアーの参加者は都市型ダイビングショップのインストラクターを信用してツアーに申し込み、そのインストラクターもダイビングガイドをしているものと考えていたことなどがその根拠です。

日本のダイビングショップが海外でツアーをする際には、現地でガイドを依頼したとしても、現地ガイドの注意義務違反の責任は、ツアーを企画した日本のダイビングショップも負担することになる可能性があることに注意が必要です。

また、前述の判例が「ツアーを計画した者は、参加者の生命、身体など安全を確保するため、旅行行程の認定及び旅行サービス機関の選定にあたって、合理的な判断及び措置を行う義務等を負う」などと判示しているとしており、現地ガイドや現地でボートの手配などをする際には、適切なところに委託することも大切です。

過去に何度も事故を起こしている店であったり、他の店に比べて著しく低廉な価格でガイドを引き受けていれば、それだけ引率するゲストが多くなって無理をしていることが予想されます。

事故が起きた場合、「そのダイビングショップを選んだことに問題はなかったか」ということにつながる話です。

また、万が一、事故が起きた場合に保険はどうなっているかなどについても確認をしておく必要があります。

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ダイビング以外の事故について負う責任

ツアーを企画したダイビングショップが、現地ガイドとともに現地で発生した事故の責任を負う可能性があるとしても、ダイビングの事故以外については、別途、検討が必要です。

旅行会社が主催した海外ツアーに参加した客が、ノルウェーで行われた犬ぞり体験中に犬ぞりから投げ出され、けがを負ったとして、旅行会社に損害賠償請求をした事案(東京地裁平成23年5月10日判決)、サイパン国際空港からテニアン国際空港に向かう途中の航空機が墜落する事故に遭った被害者がツアーを企画した旅行代理店に損害賠償請求を行った事案(東京地裁平成22年12月24日判決)、旅行会社が主催するギリシャツアーにおいて、旅行会社の従業員である添乗員に引率されて市内を観光中、現地の自動車と衝突する事故に遭遇し、けがをした被害者が旅行会社に損害賠償請求をした事案(東京地裁平成17年12月15日判決)、パキスタンなどを目的地とするツアー中にバスが崖下に滑落し、ツアー客が死亡した事故について、その遺族が旅行会社に対し損害賠償請求を行った事案(東京地裁昭和63年12月27日判決)など、海外での事故について、ツアー企画者が訴えられた事案は複数ありますが、ツアー企画者の責任が認められたものはほとんどありません(ここで挙げた4例はすべて責任は否定されています)。

ツアー企画者はそのサービスを提供する機関を手配する義務を有するにとどまり、当該サービス自体を提供したものではないこと、事故は加害者の不注意による偶発的事故でツアー企画者に落ち度がないこと、ツアー企画者はその事故発生のリスクをコントロールできる立場でないことなどがその根拠です。

ダイビングショップが海外ツアーを行った場合でも同様です。ダイビングショップはダイビングガイドをするという義務は負っているとしても、現地の交通手段や食事場所の選定、オプションサービスの紹介などは、あくまでもその手配をしているに過ぎず、ダイビングショップ自体が車を運転したり、食事やオプションサービスを提供しているわけではありません。

仮にサービス提供機関の落ち度で事故が発生したとしても、そのサービス提供機関を選択したことに落ち度がなければ、事故発生による責任は負わないと考えられます。

提言者Profile
上野(うえの)園美(そのみ)氏/ダイビング事故訴訟担当弁護士
上野園美
近年、日本で最も多くのダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
「現場を見たい」との思いから、自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
平成12年10月司法修習終了(53期)、平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー、平成18年12月公認会計士登録

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ダイビング事故を防止するため、安全ダイビングに有益な情報発信・施策を行っています。

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