安全ダイビングのための15の提言集(第13回)

ガイドやインストラクターの適切な事故時の対応 ~沖縄からの考察~

ガイドやインストラクターの適切な事故時の対応
~沖縄からの考察~

提言者

村田幸雄氏/国際潜水教育科学研究所

Profile むらた・ゆきお氏

村田幸雄
恩納村にて「国際潜水教育科学研究所」を開業し、海上保安庁のヘリコプターでのダイバー救助と潜水事故対策訓練(1994年)や浦添総合病院よりドクターヘリでのダイバー搬送の検証会(2005年)など、沖縄の安全対策に尽力。
2010年に沖縄県消防学校の潜水指導教官を拝命し、水難救助隊員教育を実施。
2014年からは、琉球大学医学部公衆衛生学教室研究生として潜水障がいの調査と研究に従事している。

テーマ選出の理由

ダイビング事故の際、迅速かつ適切な対応は重要です。
そこで、事故発生時、ガイドやインストラクターなど、受け入れ側のプロダイバーはどのような対応をとるべきなのかを知り、事故発生に備えておくことは重要だと考え、テーマとして選出しました。

当事者意識を持って
緊急行動計画を立てることが大切

これまでに多くのダイビング事故が発生しています。
行方不明や溺水事案のほか、外傷を負うこともあり、また、浮上してから容態が急変する場合もあります。
さまざまな事故状況があることをあらかじめ予想して緊急行動計画を立てることが重要になります。

レスキューダイバーやダイブマスターのトレーニング課程で、緊急行動計画の立案方法や実際の活動の指導を受けているはずですが、多くが潜水事故を起こすのは他の人で、自分だけは安全に潜っているから大丈夫と自信過剰になっています。

しかも、本人さえ気づかず、無意識のうちに慢心している場合もあります。
そんな場合に限って事故事案が発生します。
実際に事故に遭遇した際、当事者がパニック状態に陥ってしまい、何も対応することができずに周囲のインストラクターやガイドが迅速に対応した事案もあります。

そこで、筆者が活動している沖縄で実際に起こった事例をふまえて、プロダイバーがとるべき行動をまとめました。

事故が発生したら、
躊躇せず海保、消防、警察へ通報する

まず、ダイビング事故時の対応は、事故が発生した時点での「公的救助機関への連絡」から始まります。

しかし、実際の現場では、「ちょっと探してから」「いつもは、すぐに見つかるから大丈夫さぁ」などと理由をつけて、通報を躊躇することが多いようです。
事故の件を周囲に知られることを恐れるインストラクターやガイドもいます。

しかし、夕暮れ前や、海況が不安定な場合は、一刻の猶予も許されません。
事故が発生したらすぐに連絡してください。

これまでに起きた事故の中でも、特に漂流事案では、通報の遅れによって多くの犠牲者を発生させています。
公的救助機関への通報が、事故発生時の公式時間として記録されます。
実際に事故の検証を行うとき、事故から1時間以上通報が遅れていた場合には、“ 事故隠し”を問われる可能性もあるのです。

日本の場合は、海上保安庁、消防、警察の3ヶ所の関係機関に連絡する必要があります。
アメリカの場合は「911」に電話すればオペレーターが「事件」か「事故」と確認してくれます。
日本の場合は、3ヶ所に、同じ内容で説明しなければならないのですが、現場での出来事をきちんとそれぞれに伝えてください。

事故の内容によっては、公的救助機関に連絡した後、無事に発見されることもあります。
その場合には、ただちに公的救助機関に「無事に発見できた」旨の連絡を行いましょう。この連絡をもって、捜索・救助の体制解除を行います。

後日、公的救助機関へ事故内容の顛末をまとめて説明に行きます。
同様に所属する潜水指導団体への報告も忘れないようにしてください。

公的救助機関に事故通報することで、その後、傷害保険等を請求する際の事故証明書を発行することができます。
通報をしていない場合は、事故証明書の発行は対応できません。

沖縄のドクターヘリ

事故発生に備え通信手段の確保をしておこう

ビーチエントリーの場合の通信手段は、かつて固定電話を使っていました。
そのために通話用の硬貨やテレフォンカードをファーストエイドキットに入れて持ち歩いていたこともあります。現在は携帯電話が主力となっています。

潜水を実施している地域で携帯電話が通信圏内であれば、公的救助機関への連絡が可能です。
一方、携帯電話が通信圏外の場合、可能性としては衛星電話を持つかどうかを検討することになります。

携帯電話を使って通報する場合は、予備のバッテリーを確保しましょう。
また、一緒にいる人の携帯電話番号も海上保安庁側に伝える必要があります。
そして、発信者の携帯電話の非通知機能を解除しておかなくてはなりません。

船の場合は、無線通信が基本となりますが、携帯電話の普及で無線の需要は低下しました。
無線にはさまざまな規則や規制があるために、免許制度が障壁となる可能性があります。無線の場合は外部スピーカーで周辺にいる関係者が一律に内容を把握することができます。

しかし、携帯電話の場合は、無線とは違い外部スピーカーのシステムがないために、通話内容は電話をかけている人しか聞くことができません。
そのため、いったん通話者が内容を理解してから周辺の関係者に再度説明しなければならない、という側面もあります。

<COLUMN 通報にあたってのケーススタディ>

119番通報

事故者を発見または救助した場合、事故者の容態によっては救急移送する必要があります。
意識不明や呼吸・循環が止まっているなど、生命の危険性が高い場合、直近の医療機関への移送問題が発生します。ビーチの場合は、119番通報して救急車の手配を依頼することになります。
季節や地域によっては、救急車が現場到着に時間を要することもあるでしょう。
その場合は、現場にいる関係者が、CPRの実施やAEDでの対応、酸素を使っての蘇生術などの応急処置を施す必要があります。

地域によっては、医療機関が診療所しかない場合もあります。
その際は、自力で診療所まで移送しなければなりません。
現場から診療所に電話して容態の説明をしながら移送します。
ときには、診療所の医師が不在にしていることさえあります。

119番通報する場合、基本は携帯電話での通報が主となります。
沖縄の場合、地域よっては広域受信システムにより、沖縄本島の中部の嘉手納町にあるニライ消防本部内に併設された119番センターにつながります。離島からでも同様です。
そのために通報先の担当者が沖縄全域のビーチ名を把握しているとは限りません。
そして、事故発生した地域の消防本部に救急車の出動が指令されることになります。

沖縄本島および周辺島々での事故発生の際には、傷病者の容態によってはドクターヘリも選択肢に入ります。

118番通報

沖縄で118番通報した場合、那覇の第十一管区海上保安本部のオペレーション室につながります。
このためにダイビングポイントの名称を伝えてもわからないことがあります。
位置は、海図やGPSデータで伝えましょう。
海洋の場合は、これらを防水ケースに入れておく必要もあります。

本人の情報がわかる参加者名簿をそろえておく

ダイビングサービス提供者は、参加者の基本的なデータ、参加者名簿を所有しておく必要があります。

参加者名簿とは、ガイド申込書や講習申込書等の名称で使われている、参加者自身が直接書き込む書類のことを指します。
氏名、年齢、住所、電話番号、緊急時の連絡先、Cカード情報、そして、本人の署名が必要です。
また、本人の体調(喘息、不整脈、生活習慣病等の既往歴)を確認する項目と、ダイビング実施に際しての問題点(耳抜き、呼吸、浮力調整等)など、個人の体調・健康状態や潜水歴等もあったほうがよいでしょう。

貴重な情報がそろった参加者名簿を、インストラクターやガイドは、手元にそろえておく必要があります。
事故が発生した場合に公的救助機関に事故者の情報を伝えなければならないためです。
確実に本人の署名入りで作成されたオリジナルの書類を提出することになります。

「参加者名簿はお店に置いて来た」「お店にはスタッフが誰もいない」という場合もあります。
事故者の情報の中でも氏名や緊急連絡先等を伝えることができない場合は、インストラクターやガイドが参加者の情報を把握できていないという問題点が指摘されます。
参加者がニックネームで呼び合っていたために正確な氏名がわからなかったことも、実際にありました。

当事者のインストラクターやガイドは
捜索活動ができない

行方不明者が発生した場合、海上保安庁や警察が現場で事故内容を知る必要があります。
当然、事故状況の説明はしなければなりませんが、担当のインストラクターやガイドが捜索活動に参加することはできません。

沖縄では、ダイビング船を使ってダイビングサービスが潜水事故を起こした場合には、船長やインストラクター、ガイドが海上保安官の事情聴取を受けることになります。

事情聴取の間は、捜索活動の動きを制限されることもあります。
早急に捜索したい気持ちになるものですが、事情説明の了承を得るまでは捜索活動にあたることもできません。

条件によって異なるドクターヘリの対応

船で事故者を救助した場合は、最寄りの港に入港します。
緊急通報がされると、公的救助機関からは直近の港に行くように指示されます。
その際に船長が、指示された港への入港航路を知らない場合もあります。
ときには指示された港とは違う港に入港してしまい、ドクターヘリが船を追いかけて着陸したこともあります。

ドクターヘリは、119番通報を受けて5分以内に離陸します。
そして、先行して着陸し、港で待機しています。
目的地に着陸したらエンジンを切り、メインローターが停止してから対応が始まります。
メインローターが回転している状態で近づくのは禁止されています。
またテールローターがある後方からの接近も禁止です。

そして、船を港に接岸させて、事故者を船上から岸壁に上げます。
港では潮汐の関係で、接岸した船の甲板と岸壁の上の差が2m 以上もの落差になることもあります。
意識不明の事故者を引き上げるだけでも大仕事です。
最近では、潮汐に影響を受けない浮桟橋も作られています。

ドクターヘリは、医師や看護師が、現場で積極的な医療介入を実施します。
地上での医療対応が完了してヘリ内に傷病者を収容したら、エンジンを回して離陸します。

沖縄の場合、ドクターヘリの活動範囲は、沖縄本島を中心に遠くは久米島、ケラマ諸島やその周辺部におよびます。
一方で、ヘリポートを備えた医療機関は、沖縄本島に1ヶ所しかありません。
それ以外の地域の場合は、医療機関の近くに着陸し、着陸地に待機させた救急車に移乗して、医療機関に移送されることになります。

海保ヘリからの揚収に備え合同訓練をしておこう

海上保安庁が所有しているヘリコプター(海保ヘリ)との連携も重要になります。
ダイビング船で事故が発生した場合、母港に戻るまでの間に船上から海保ヘリへ吊り上げ揚収して、救急車が待機している飛行場まで戻ります。

小さなダイビング船から事故者を吊り上げ揚収する際は、ダイビング船は風上に進路をとりながら直進。
そして、船の後方から海保ヘリが追いかける形をとります。
海保ヘリは高度15mくらいで低空飛行しながら接近し、ボート甲板から事故者を吊り上げ揚収します。
揚収の際は、墜落するのではないかと錯覚するくらいの低空で並走しながら、吊り上げ揚収を行います。
いきなり本番では、かなり緊張することが予想されます。

また、海保パイロットは、巡視艇とは吊り上げ救助訓練は実施しますが、巡視艇よりも小型のボートとの訓練はしていません。
最低でも年に1回は、海保ヘリとの合同訓練を実施する必要があります。

海保ヘリは、現場近くに着陸してもエンジンを切ることはありません。
メインローターやテールローター類は回転したままとなります。
このため、着陸した海保ヘリに近づく際は、メインローターの巻き起こす風の影響を受けます。
海保ヘリは飛行場に到着して救急車に傷病者を移し替えて医療機関に陸送します。

海保ヘリは118番通報を受けて20分前後で離陸します。
ドクターヘリが、通報から5分以内で離陸することを考えると、時間がかかりますが、これは、海保ヘリが、ドクターヘリよりも機種が大きいので、暖機運転に時間がかかるためです。

事情聴取に備え、
事実関係を時系列で細かく記録しておくこと

潜水事故が発生した場合の第一捜査権は、海上保安庁か警察が持ちます。

海上保安庁の場合、取り調べの担当官は「司法警察官」資格を持った海保職員が対応します。
事件か事故の捜査については、現場判断の場合もあります。
現場で行われる事情聴取については任意での聴取となります。

その事情聴取の際には、弁護士が付き添うことが可能です。
ただし、弁護士の同席は事前に捜査機関に伝える必要があり、当然、捜査機関が許可しない場合もあります。
事故が発生した場合、時系列での記録が要求されます。

筆記用具を持ち歩き、こまめに記録をとっておきましょう。
基本的に、水中での行動については時系列に事実のみを記録してください。
推測は入れない、というのがポイントです。水中での事故者との視覚的接触ついては、「何秒以上は目を離していない」かを確認してください。
また、事故調書については、自分の供述内容が正確に記述されているか、時系列での事実関係をしっかり確認してください。
そして、自分が納得してから署名・捺印してください。

死亡事故の場合、法医解剖を検討
地域差とその必要性

沖縄県の場合は、アメリカの統治が長かったので、その影響として病院外での死亡案件については法医解剖が実施されます。

現在は、琉球大学の法医学教室が担当しています。
法医解剖は、ご遺体の死因を特定するためには有効な手段です。
国民的な感情として、ご遺体にメスを入れることを嫌がるご遺族もいます。

事件性がある場合、第一捜査権を持った役所が司法解剖の有効性を説明して解剖することもあります。
司法解剖を実施することが決まると、ご遺族がご遺体に対面するのは解剖が終わってからとなります。

ダイビング事故の場合は、死因の特定は重要な要件となりますので、インストラクター側が、法医解剖を要請することもあります。
沖縄県以外でのダイビング事故後の法医解剖については、実施することが少ないとの報告があります。

伊豆半島を抱える静岡県の場合でも、ダイビング事故で法医解剖を行った例は少ないです。

ちなみに、浜松医科大学が法医解剖の担当です。
病院内に移送されてから亡くなった場合、死因の特定は医師の仕事になることが大半です。その際は、解剖を実施することは稀です。

法医解剖せずに死因が特定され、その後裁判になった事例もあります。

インストラクターやガイドが自分の管理下で事故が発生し、不幸にも死亡事案だった場合は、法医解剖の要請を行うべきです。

ご家族やご遺族への対応は誠意を尽くし、慎重に

次に参加者が、減圧障害やけがで医療機関に入院した場合は、病院へお見舞いにうかがいましょう。
入院中に1回もお見舞いに来なかったということで、後に民事裁判に発展した事例もあります。

どちらに事故の責任があったかは、裁判所が決めることになりますが、サービス提供者側としては誠意の範囲内での対応が要求されます。
遠隔地の医療機関に入院した場合に事故者のご家族が来る際には、サービス提供者側として、送り迎え等の対応をする必要があります。

可能であればご家族から、「もう大丈夫ですよ」と断られるくらいまで対応することが求められるでしょう。
ご家族への対処については、罪の意識から「申し訳ありませんでした。インストラクターのミスです」等、事実関係が不明な中で、場当たり的な答えをしないようにしましょう。
事実関係の立証は裁判所が行います。
サービス提供者としては、会社代表が対応することになります。

次に、不幸にして死亡事故が発生した場合の対応について述べます。
最初の問題は、通夜や葬式には参列できるかどうかです。
ご遺族に確認をとっておきましょう。

場合によっては、つらい局面に遭うこともありますが、その後の諸問題にも影響する可能性もありますし、いちインストラクターとしても、できれば参列しておきたいものです。直接、ご遺族に確認がとりにくい場合は、サービス提供者側が加入している保険担当者のアドバイスを仰ぎましょう。

ご遺族の方の旅費や食事代、宿泊代等については、サービス提供者が立替払いをするように配慮してください。
これについても、保険会社に連絡をして、保険会社に確認をとっておいたほうがいい事項です。

ご遺族の自己負担を極力、サービス提供者でカバーするように、保険会社にお通夜や葬式への参列の可否、参列マナー等のアドバイスを求めておいてください。
また、ご遺族の方に直接対面しますので、ご遺族にお通夜や葬式への参列の可否を確認してください。

沖縄の場合は、内地からの参加者の事故が多いために、航空運賃、宿泊代、食事代、空港からの送迎等の負担をダイビングサービスが実行して、領収書を確保しておきます。もちろん、事前に保険会社に確認しています。

事故後の営業活動は自粛期間を設けるべき

事故が起きた直後の営業活動については、慎重に対応する必要があります。
繁忙期であっても営業は自粛してほしいところです。

予約のお客様に事情を説明して、知り合いのダイビングサービスにゲストをお願いします。
事故が起きても通常通りに営業を続ける事例もありますが、一定期間の営業自粛を設けましょう。

同時に、SNS やホームページの更新作業についても自粛が必要です。
では、どれくらいの期間が一般的かというと、1週間程度、もしくは、事故の処理が一段落してから、というところでしょう。

一件落着してから、ダイビングサービスの代表として、地域のダイビングサービス関係者に事故報告を行うべきだと考えます。
地域によっては、その地域で加盟している組織に対して事故報告書を用意して、それに必要事項を記入の上公表して、類似の事故防止策としている場合もあります。

事故の大小にかかわらず、ニアミス程度でも報告するようにしています。

証拠隠滅は犯罪となる
また、PTSDにも注意

潜水事故の場合に、潜水器材が事故原因となる可能性もあります。
事故者が使用した潜水器材については、いっさい手を触れずに、そのままの状態で捜査機関に渡します。

レンタル器材であっても同様です。
当人が使用したウエイトベルト、タンク等も含まれます。
潜水器材も証拠品となりますので、バルブを閉めたり、解除したり、解除して水洗いしてから提出した場合は、証拠隠滅行為と判断されることもあります。

事故直後からの別な問題。
インストラクターやガイドもPTSDに罹患しますので、場合によっては心理カウンセラーや心療内科の受診もあると思ってください。
睡眠が浅くなったら要注意です。
睡眠を確保して、眠れなくても横になってくださいね。

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