安全ダイビングのための15の提言集(第3回)

パラオダイビング協議会における漂流事故への対策と有用性

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海外ダイビングでは、必ずしもすべての海で緊急時の救難体制が整っているとはいえません。
そこで、過去の漂流死亡事故を教訓に、緊急行動システムを運用し、今や世界一との呼び声高い人気ダイビングエリアとなったパラオから学ぶことは多いはずです。

パラオのダイビング事業者の取り組みを具体的に紹介していただきます。

漂流死亡事故をきっかけに発足パラオのBTA ジャパン

パラオにはBTA(Belau Tourism Association)という観光協会の役割を果たす組織があります。

この組織とは別に日本人観光業者のほぼすべてで構成される(一部非加入業者あり)BTA日本語部会(以下、BTAジャパン)というものが存在します。

月に一度の定例会を行い、自然環境保護担当、ガイドルール担当、レスキュー担当などの分野に各ダイビングショップが年単位で担当を受け持ち、パラオがお客様にとって安全で魅力あるディスティネーションであり続けるようダイビングショップ同士連携して努力をしています。
中でも特に力を入れているのは安全対策で、それはこの会がもともと2000年に起こった行方不明事故を契機に立ち上げられた組織であるためです。

それ以前にも、新聞などで大きく報道されたとおり、1994年にペリリュー島で6名の漂流死亡事故が発生するなど、パラオは難しい海として認知されています。

そこで、パラオのダイビング事業者も、ダイビングショップ一丸となって「安全にお客様に潜っていただくにはどうしたらいいか」を考える必要がある、という結論のもと、BTAジャパンは発足いたしました。

もちろん、パラオ政府としてもダイビングボートに対しては、1艇に対し船外機を必ず2機搭載するよう義務付け、1機がエンジントラブルを起こしても、もう1機で対処できるようにしたり、すべてのダイバーにシグナルフロートの携帯を義務付けたりと、国として対策も取っているのですが、BTAジャパンはその足りない部分を補うというコンセプトになっています。

ダイビング漂流事故の報道

ガイドでも難しいダイビングポイントの複雑な流れ

まず、事故のトップに上がってくるのは何といっても漂流事故。

私が現役だった時代、BTAジャパンに連絡が入って捜索に向かう準備が整ったころに見つかることが、ほとんどでした。

捜索に出て3時間以内の漂流で見つかったことが2回、24時間以内が1回でした。

流れが速いことで有名な「ペリリューコーナー」周辺の流れを示した図01を参照してください。

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星印が、ペリリュー島の南端ですが、A の矢印の流れのときに、この南端を西側のドロップオフ沿いに潜るのが「ペリリューコーナー」の潜り方です。

一方、B の矢印の流れのときに東側のドロップオフに沿って潜るのが「ペリリューエクスプレス」の潜り方です。

そのため、A の矢印方向の流れを我々は「コーナーの流れ」、B の矢印方向の流れを「エクスプレスの流れ」と呼んでいます。

ちなみに、左側のグレーの太い矢印は恒常的にかかっている大きな流れです。
おそらく北赤道海流の分流なのでしょう。

ダイビングポイント上(星印)では、1つの方向に流れているように見えるそれぞれの流れも、その先ではあちこちに枝分かれしています。

実は、ダイビングポイント上に差しかかった段階で、すでに流れの向きの違いが現れているのですが、かなりベテランのガイド、船長でない限り、そこに気づくことは難しいです。つまり、時間が経てば経つほど、どの方角に流されたか絞り込むことが困難になるということです。

パラオウェブマガジン(撮影:越智隆治)

実際の事故事例からもわかる「漂流事故は時間との戦い」

実際にあったケースを紹介します。

エクスプレスの流れでエントリーしたグループが、エントリー時のトラブルで2つに分かれてしまいました。

普通ならそこでダイビングを中止して仕切り直すのですが、そのグループはそのまま2グループに分かれたままでダイビングを続け、その後、浮上した2グループとも漂流する事例がありました。

船長は臨時で雇い入れられたペリリュー島のローカルでしたが、まったく潮が見えておらず、流れとは逆の方向にダイバーが流されていったと思っていた挙句、連絡が入ったのもいなくなってから2 〜3時間経ってからのことでした。

捜索を開始した我々は、他のダイビングショップから当時の流れがエクスプレスからであったと聞き、ペリリュー島南西5km 沖くらいの場所で1つのグループを発見。
のち、日没前に空からの捜索チームが、アンガウル島北西沖でもう1つのグループを無事発見しました。

聞くと、最初に見つかったグループは、フィリピン人ガイドの判断で、ゆっくりながらペリリュー島を目指して泳ぎ続けていたそうです。対して日没前に見つかったグループは、アシスタントだった日本人ガイドの女性の判断で、泳ぎ回らずその場で待機していたそうです。

彼ら2組の距離は15km ほど。

とても泳いだだけでこの距離の差が生じたはずはなく、最初に見つかったチームが泳いだことで、流れの本筋から外れたか、もしくは違う流れに乗ったためだと思われます。
このときは、たまたま泳いだチームが先に見つかりましたが、これは完全に偶然です。

また、切羽詰まった漂流者がどういう行動に出るかは誰にも予測がつくものではないので、そういう意味でもやはり時間との戦いなのであるといえるのでしょう。

漂流事故で重要なのは初動捜索
BTAジャパンの緊急行動システム

漂流事故において、とにかく重要なのは初動捜索であり、BTAジャパンでは事故の一報が入った後、いかに迅速に捜索チームを多く結成し、現場で捜索にあてさせられるかに工夫を凝らしています。

これを緊急行動計画と呼んでおり、定期的にシミュレーションを行い、不測の事態にもスムーズに対処できるようにしています。

その流れは次の通りです。

浮上予定時刻を30分経過してもダイバーが浮上してこなかった段階で、船長より所属ダイビングショップに連絡が入り、ダイビングショップより緊急連絡網を通じて協力を要請。

その後は、当該ダイビングショップが本部となり、集まった協力ダイビングショップの中から総責任者を決める。
そして、マニュアルに従って現地では協力者を募って捜索を始め、コロールでは捜索チームを結成していき、順次送り出していく。

空からの捜索は、ヘリコプターを投入。
速やかにヘリコプターを投入できるように、BTAジャパンでは会員からの積み立てで1万5,000ドルを常にヘリ積立金としてプール。
緊急時には現金でヘリコプターをチャーターして捜索にあて、当該ダイビングショップに無条件で貸し付ける仕組みになっている。

>このマニュアルでは、捜索のサポートだけではなく、事故時、当該ダイビングショップだけではどうしていいかわからなくなりがちな事業者のサポートに当たる役割も担い、現地政府機関、日本大使館、保険会社や事故者のご家族への連絡などの役割もサポートすることになっている。

0301

BTAジャパン発足から死亡事故0
システムと同じくらい大事なこと

おかげさまで、BTAジャパンが発足してからの漂流事故での死亡事故件数は0となっておりますが、ダイビング事故は漂流事故だけではありません。

すべての事故がなくなることを祈っています。

もし、このシステムがバリ島にあったら……と思うことはありますが、結局のところ、このシステムがうまく機能するためには常日頃ダイビング事業者同士のコミュニケーションがうまく取られていることが欠かせません。

それ以前に、漂流事故が起こるのはたいてい未熟なダイビングガイドと船長のコミュニケーション不足に起因しています。

私も15年近くパラオでガイドをやっていましたがやはり駆け出しのころの自分は反省することが多かったですし、逆に経験を積んだ後は、いい意味で慎重になれていたと思います。

何年かはペリリュー島でもガイドをしていましたが、漂流には人一倍気を使い、潜水計画は船長と密にして、計画通りに行かないことがあれば、ダイビングを中止して浮上することもしばしばでした。

安全グッズにもこだわり、おかげさまで漂流らしい漂流をしたことはありません。

一番重要なのは安全管理をきちんとしているガイド、船長を見つけること。
そして、評価して広めていくことなのかもしれません。

意識の高いガイドがそろっていなければ、ダイビングショップ間の連携は取れません。
そこから始めないと、いくらいいシステムを持っていたところで機能しないのは目に見えているでしょう。

BTAジャパンの緊急行動・参考資料

#01 緊急行動計画

BLUE MARLIN - RITC 緊急行動計画1
BLUE MARLIN - RITC 緊急行動計画2
BLUE MARLIN - RITC 緊急行動計画3
BLUE MARLIN - RITC 緊急行動計画4
BLUE MARLIN - RITC 緊急行動計画5

#02 緊急連絡網

パラオ資料2-緊急連絡網.pdf

#03 緊急時チェックリスト(役割別)

役割別に6つのチェックリストが用意されている。

  • 事故船/指揮船チェックリスト(資料01)
  • 当該店チェックリスト(資料02)
  • 総指揮者チェックリスト
  • 現場情報収集班チェックリスト
  • ボート協力班チェックリスト
  • 渉外班チェックリスト(資料03)

資料01

資料02

資料03

#04 事故報告シート

役割別に5つのシートに分かれている。

  • SHEET A /事故報告シート(資料04)
  • SHEET B(対策本部用)(資料05)
  • SHEET C(現場海域ボートの現況)/現場海域および本部用
    ※指揮船、お客様退避用ボート、水中捜索、水面捜索、それぞれの役割について、ボート名、指揮者とオペレーター(指揮船は指揮者、他はオペレーター)、無線、携帯、捜索ダイバーおよび水面捜索員、客数、器材・装備などを明記。
  • SHEET D(支援ボート・スタッフ・装備リスト)/コロール各店用
    ※先発ボート、救援可能な周辺ボートについて、ボート名、サイズ、携帯、オペレーター・水面と水中の捜査員、TANK、O2、出発時間を明記。
    また、待機ボートについては、サイズを明記。
    待機スタッフリストについては、スタッフ名通称、携帯、可能な役割(オペレーター・水中捜索員・水面捜索員など)を明記。
  • SHEET E(コロール発・支援可能なボート・スタッフ・装備の編成リスト)/本部ボート班用
    ※ショップ名、ボート名、出発時刻、オペレーター、携帯、水中捜索員名、水面捜索員名、TANK、燃料などを明記。
パラオ資料4-事故報告シート1.pdf
パラオ資料4-事故報告シート2.pdf

資料05

提言者Profile
遠藤(えんどう)(まなぶ)氏/元パラオガイド
遠藤学
中央大学卒業後、いったん就職するも、ダイビングの世界が忘れられず、世界有数のダイビングパラダイス、パラオに移住。
その後、15年に渡ってパラオの実力派ダイビングサービスとして知られる「DayDream」のトップガイドとして活躍する。
現在は、「サンドウェーブ」で、「ダイバー一人一人に向き合う」をモットーに、ダイビング器材の開発・販売に携わっている。

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安全ダイビングへの貢献を目的とした NPO法人です。
ダイビング事故を防止するため、安全ダイビングに有益な情報発信・施策を行っています。

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