安全ダイビングのための15の提言集(第7回)

ドリフトダイビングのリスクヘッジ

ドリフトダイビングのリスクヘッジ

提言者

田原浩一(たはら・こういち)氏/ IANTD・TDIインストラクタートレーナー

Profile

田原浩一
テクニカルダイビング指導団体「IANTD」「TDI」のインストラクター、インストラクタートレーナー。
テクニカルダイバー教育やインストラクター養成を行う一方、特殊環境下での水中撮影や官庁依頼によるダイビング教育などにも携わる。
1年の半分以上を海外のテクニカルダイビングフィールドで過ごし、親交の深い海外のトップダイバーも多い。

テーマ選出の理由

流れに乗って潜るスタイルの「ドリフトダイビング」は、ひとつ判断を間違うと、重大な漂流事故にもつながりかねません。

そこで、ドリフトダイビングにおけるリスクと、リスクを事前に取り除く準備をすることは重要だと考え選出しました。

ドリフトダイビングは
ショップ側への依存度が非常に高いダイビング

ドリフトダイビングを楽しむ際、まず最初に理解しておくべきはドリフトダイビングの特異性だと思います。

ドリフトダイビングは、基本的にボートがダイバーを追うスタイル。

したがって、アンカリングのボートダイビングに比べて、ボートへの依存度が極端に高くなります。

さらに、基本的にはカレントの存在が前提ですから、引率者のカレントへの対応能力の依存も大きくなります。

結果、ダイビング引率者とボートスタッフとのチームワークに対しての依存度が非常に高いダイビングとなります。

ドリフトダイビングが必然性を持つ本格的なドリフトダイビングは、前提として参加ダイバーが、ドリフトダイビングに対応可能なレベルでなければ、はなから選択肢に入らないダイビングだと思います。

対応が可能であることの最低限の条件として、以下を挙げておきます。

MEMO
ドリフトダイビングに対応可能な条件>>
>目標物のないブルーウォーターでのコントロール潜降と浮上が可能であること
>フィンを完全に止めたままで同一深度がキープ可能であること
>水深計のチェックだけで想定した深度での停止、深度の維持が可能であること
>自身の残圧を自身で管理可能なこと
>ダイビング中、つねにガイドの指示に速やかに反応可能な注意力を維持できること
>最低限1 ~ 2分のダッシュが可能な泳力があること

つまり“本格的なドリフトダイビング”に参加可能なダイバーは、潜ること自体に特別なサポートや管理を必要としないダイバーであり、かつ管理者がいるダイビングではつねに管理者の指示に速やかに従い、対応可能であることが必要な条件になると僕は考えています。

そうしたダイバーが参加者であるということを前提としたうえで、それでもドリフトダイビングは、ダイビングショップの体制に対しての依存度が極端に高いダイビングであると考えるべきでしょう。

したがって、本格的なドリフトダイビングにおいて、慎重に考えるべき点は、何をおいてもまず体制選びだと思います。

ドリフトダイビングの危険度を、単純に高い・低いと評価したり、結論づけたりすることに僕は意味を感じません。

それは体制や状況に応じて、時には効率的に広域を移動できる優れたシステムであり、時として漂流や流れに翻弄される可能性を秘めたリスクの高いダイビングともなると考えるからです。

ということで、まず、体制選びという部分での、個人的な判断基準をいくつか紹介しておきます。

ダイビングショップのレベルを知る
ダイバー側のチェックダイブ

初めて使うダイビングショップの質や信頼度を確認するのは簡単ではありません。

なので、僕は、事前に信頼できる筋からの情報がたっぷりある場合を除いて、まず、リスクの低いダイビングポイントでリスクの低いダイビングに参加することにしています。

ある意味、チェックダイブです。

一般に、チェックダイブはダイビングショップ側がゲストに対して行うものですが、ゲストがダイビングショップのレベルを知るためにも、これは有効な手段です。

ダイビングをスタートする前の段階でも、ダイビングショップ全体の動きや器材の扱い、器材メンテナンスの状態、スタッフの対応など、ダイビングショップのレベルを判断するための要素は数多く存在します。

わかりやすいのはダイビング前のブリーフィング。

ダイビングポイントに関しての情報はもちろんですが、ダイビングツアー参加者のレベル、コンディションの確認や、当日の海のコンディション、ダイビングスタイルに関する説明、緊急手順に関しての必要な情報等が含まれているかは、ダイビングショップや担当スタッフの安全管理に対する姿勢の1つの判断基準となります。

いずれにしろ、ゲストに対する対応のレベルが低いと感じさせるダイビングショップ、特に安全に関連する必要な要素がカバーされていないと感じさせるダイビングショップは信用しない、と僕は決めています。

ドリフトダイビングを考えた場合は、ボートの仕様(エンジンが単発か否か)や見て取れる範囲の整備状態、ボートキャプテンの動き、選択ダイビングポイント(同海域に複数のダイビングボートが存在するポピュラーなダイビングポイントなのか、あるいは単独でのダイビングとなるのか)などに注目するほかに、ボートスタッフとダイビング引率者のコミュニケーションについて考えられているかを重視しています。

この点では、ダイビングポイントやダイビングショップ毎にさまざまな試みがなされていて、それぞれに単純な優劣はつけられないと思いますから、ここでは僕自身が普段行っている方法を例に、ドリフトダイビングにおけるボートと水中の引率者とのコミュニケーションの必要性を説明してみたいと思います。

0701

ボートとの水中のコミュニケーション
リコールサインとフロートアップ

僕はボートとの基本的なコミュニケーションに2つの方法を使います。

1つはボートからのダイバーへのサイン。
代表的なのは、ボートスタッフが水中のダイバーをボートに呼び戻すための音によるダイバーリコールサイン。

もう1つは水中からのボートスタッフへのサインとなるシグナルフロートアップです。
ダイバーリコールサインとは、たとえば、天候の急変など、ボートスタッフが水中のダイバーにダイビングの中止と浮上を指示する際のサインです。

具体的にはボートのエンジンを一定のパターンで吹かしたり、エキジット用のラダーを叩くなどして水中に音を響かせます。

そうしたサインを受けた場合の引率者は、速やかにダイバーをまとめて浮上させることで、視界不良や海況悪化によってボートがダイバーを見失ったり、エキジットの難易度が高くなることを未然に防ぐことができます。

僕は、実際にこのダイバーリコールサインで難を逃れたことが何度かあります。沖縄の離島では低気圧による天候・海況の激変を予想したボートスタッフからのダイバーリコールサインを受けました。

このときは、エキジット後、10分ほどでいきなり強風が吹き、穏やかだった海があっという間に荒れ始めました。
計画通りのダイビングを終了して浮上したらまともなエキジットは不可能だったと断言できるほどの海況の激変でした。

海外でも、ダイバーリコールサインでエキジットした後に視界がほとんどなくなるようなスコールに襲われたことが何回かあります。
ドリフトダイビングでボートスタッフの視界が大きく制限されることは決定的なリスクとなります。

スコールは10分程度で終わらないことがありますから、この場合もやはりダイバーリコールサインがなければ漂流の可能性がなくはなかったと思われます。

つづいて、水中からボートスタッフに対するコミュニケーションとしてのシグナルフロートの使用に関して。

僕は、基本、アンカリングを行わないダイビングでは、必ずあらかじめボートと打ち合わせた時間に水中からシグナルフロートを上げます。

シグナルフロートとリールを水中でつないで(あらかじめつないでいる場合もあります)シグナルフロートに給気し、自分は水中の同一水深にとどまったまま、リールのラインを伸ばしてシグナルフロートだけを水面に打ち上げるのです。

ほとんどの場合、この打ち上げのタイミングは潜水計画上の浮上開始時間か、あるいは潜水計画上、水深20m 程度まで浮上した時点です。

これは水中のダイバーの位置と、浮上ポイントをボート(自分達が使っているボートに限らず)に知らせるためのお約束ですが、決まった時間にシグナルフロートをアップすることで、ボートスタッフが打ち上がるシグナルフロートに対して特に注意を払う時間帯を限定できる、という部分と、カレントに乗って移動する浮上中のダイバーの位置をつねにボートから確認可能であるという点(特に浮上に減圧停止が含まれるテクニカルダイビングでは、浮上完了までの時間が長いので、この点は一般的なレクリエーショナルダイビング以上に重要です)、さらに時間通りのシグナルフロートアップがなかった場合は、ボートスタッフが水中での何らかのトラブルを早期に予想可能であるという点で確実性の高い方法だと思っています。

シグナルフロートの打ち上げには別の利便性もあります。

たとえば、潜降後に、流れが予測とまったく異なることに気づいたような場合は、すぐにシグナルフロートを上げることでそれをボートに伝えることが可能です。

一般にボートはダイバーのバブルを目安にダイバーの位置を予想しますが、カレントが複雑であったり、極端に強かったり、あるいは海面がラフであったり、斜光でのダイビングであった場合は、水面からのバブルの認識が難しい場合もあります。

また、流れと風の方向が異なると、ダイバーの直近でプロペラを回してバブルを追い続けることもできませんから、予定と異なる何かがあったときに早い時点で水中からそれをボートに伝えられる方法を持つことは、特にドリフトダイビングにおいては重要だと思っています。

また、緊急の際は、打ち上げたシグナルフロートにつながるラインに、もう1本、別のシグナルフロートをフックして打ち上げるという方法も用意しています。

たとえば、テクニカルダイビングで用意していた減圧ガスを無くしてしまったり、水中ではぐれたダイバーがいたりしたら、その時点でシグナルフロートを上げ、さらに別のシグナルフロートを先に上げたシグナルフロートにつないだラインにフックして打ち上げると、2本のシグナルフロートが水面でV字型に立ち上がります。

ボートスタッフがこのサインの意味を了解していれば、浮上することなく、ボートスタッフに水中の異常を知らせることが可能になります。

テクニカルダイビングの場合は、ボート上にサポートダイバーを待機させておけば、必要な予備のガスや器材を持ったサポートダイバーがシグナルフロートのラインをたどって潜ってきてくれます。

僕の使っているシグナルフロートには先端にメモを入れる袋がついているので、2本目のシグナルフロートを打ち上げる際に、必要なガスや器材、トラブルの内容などを書いたメモを入れておけば、トラブルの内容をボートスタッフに伝えることも可能です(通常と異なる色のシグナルフロートを上げることで異常を知らせるという方法とっているグループもいます)。

また、はぐれたダイバーがいた場合は、はぐれたダイバー自身もシグナルフロートを上げることで、ボートスタッフはグループの位置、はぐれたダイバーの位置の両方を早い時点から船上で確認することができます。

サポートダイバーが水面ではぐれたダイバーのシグナルフロートをグループのシグナルフロートの側に引いていけば水中で再集合することも可能です。

いずれにしろ、水中のダイバーとボートスタッフが互いにコミュニケーションを取る方法を持っていることでドリフトダイビングのリスクを小さくすることが可能だと思います。

0702

プロダイバーの選択も含めてすべては自己責任

だだし、こうした方法は一般ダイバーがいきなりできるものではありません。

また、こうしたコミュニケーションの方法を細かく聞いて、実践できるレベルの判断をしろ、というのも無理な話でしょう。

そう考えると、過剰なリスクなしにドリフトダイビングを楽しみたいと思ったときは、その判断が可能な専門家からのアドバイスに従うか、まずは、この分野のプロダイバーが同行するダイビングツアーに参加するのが無難な方法だと僕は思います。

ただし、ここで問題となるのは、そうした専門家やプロダイバーの選択です。

ダイビングショップやインストラクター、ガイドダイバーなどに対する、ダイビングのプロフェッショナルとして信頼度の判断も、これは簡単ではありません。

最終的には、自身が判断するしかないことで、すべては自己責任です。

ダイビングにおける自己責任とは、超上級ダイバーとなってダイビングのすべてを自分自身でコントロールできるようになるということではなく、必要なときに自身で必要な判断、決断を下し、その判断や決断は自分の決めたこととして受け入れるということだと思います。

ダイビングにおける自己責任について書き始めると、それはまた1つの別のテーマとして長文になってしまうので、ここでは書きませんが、ドリフトダイビングの場合も、それを行うか行わないか、行うならどこのエリアを選ぶか、どのショップやガイドを選ぶのかは、誰かの情報や判断に従う場合も含めてダイバー自身の自己責任だと思います。

ダイビングは間違いなくリスクのあるアクティビティですから、あくまでそれを踏まえて、慎重な判断が必要でしょう。

僕が今回書かせていただいた内容が、その判断に少しでもお役に立つことができれば幸いです。

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