サンゴ礁を科学する(第20回)

世界初のサンゴのゲノム解読でわかったこと 

この記事は約3分で読めます。

私が昨年から所属している研究室では海の生き物のゲノム情報や、それに基づいた研究を進めている研究者が多いです。

今回は、中でもサンゴの研究を行っている新里宙也博士(沖縄科学技術大学院大学・マリンゲノミックスユニット・グループリーダー)にお話をうかがいました。

Q. ゲノムとは何でしょう?

ゲノムとは、その生き物を形作るすべての遺伝情報(DNA)です。
A, T, G, Cの4文字の組み合わせによって、情報をDNAに保存しています。

例えば、私たち人間のゲノムは、約30億の文字情報(塩基配列)によって構成されています。

ゲノムを解読するということは、生き物としての「サンゴの設計図」を手にいれるということです。

私たちグループは沖縄で普通に見られるコユビミドリイシという種類を対象に、サンゴの全ゲノム解読を世界で初めて成功させ2011年に科学誌Natureで発表しました。

このサンゴのゲノムは、約4億2千万の塩基配列から構成されていました。

ゲノム模式図(提供:座安)

ゲノム模式図。「生命誌21」より引用

Q. サンゴのゲノム解読をしてどんな新しい発見がありましたか?

ゲノムに描かれている情報を解析したところ、サンゴにまつわる面白いことがいろいろとわかってきました。
その例をご紹介します。

1)現存するサンゴの最も古い化石は約2億4千万年前のものですが、約5億年前頃にはサンゴの祖先が地球上に存在したことが明らかになりました。

2)ミドリイシの仲間は、生きるために必要なアミノ酸であるシステインを体内で合成できないことが分かりました。ミドリイシはシステインを外部(共生している褐虫藻?)から取り込まなければなりません。ミドリイシ以外のサンゴはシステインを自ら合成できるようです。このため他のサンゴに比べて、ミドリイシの仲間は高水温白化が起きた場合の被害が大きくなりやすいのかもしれません。

3)サンゴは紫外線吸収物質(日焼け止め成分)を持っていますが、これは共生している褐虫藻が作っていると考えられてきました。しかしサンゴ自身に紫外線吸収物質を作るため必要な遺伝子がすべて備わっており、自ら作る能力を持っていることが分かりました。

4)サンゴの細胞は有益である褐虫藻、害となる病原体を見分けるため、複雑な免疫システムを持っていることが予想されてきました。褐虫藻と共生していない他の刺胞動物(イソギンチャクなど)と比べたところ、サンゴは遥かに多くの免疫系の遺伝子を持っていることが明らかになりました。

5)サンゴは炭酸カルシウムの骨格を作ります。サンゴのゲノムには、サンゴ特有の骨格形成に関わっていると予想される遺伝子が多数発見されました。

新里博士、ありがとうございました。

また新里博士のグループはサンゴと共生している褐虫藻ゲノムの解読や、サンゴのDNA鑑定による個体識別技術の開発にも成功しています。
今後はサンゴと褐虫藻の共生の秘密の解明や、サンゴの保全、健全なサンゴ礁生態系の再生にも応用が期待されています。

この度、新里博士は第6回ロッキーチャレンジ賞を受賞され、5月29日に琉球大学・大学会館3階ホールにて受賞講演をされます。

最新科学技術を使ったサンゴ研究のこれまでと、これからについてどなたでも聴講可能ですのでお近くの方はぜひ足を運んでみてください。

ゲノム新里博士(提供:座安)
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writer
PROFILE
沖縄出身の父に連れられ海に通い、水中にいることが大好きで、中高は水泳部。

大学入学と同時に始めたスキューバダイビングに夢中になり、海中世界を知って欲しいとダイビング雑誌で読者モデルをする傍ら、キラキラした南国の海で、いつも中心にいるサンゴという生物に強く惹かれていく。

大学院は京都大学理学研究科に進学し、サンゴについて学び始める。
英領バミューダにあるバミューダ海洋研究所に留学後、2013年度、京都大学瀬戸臨海実験所にて博士号取得。

現在は沖縄科学技術大学院大学でサンゴの研究に取組んでいる。
趣味でも仕事でもよく潜る。
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