サンゴ礁を科学する(第8回)

サンゴも感染症になる⁉ わからないことが多いサンゴの病気

サンゴの病気に関する調査風景(提供:和田直久)

サンゴの病気に関する調査風景(提供:和田直久)

海の生物多様性の基盤を担っているサンゴも病気にかかってしまうことをご存知ですか?

その影響は大きいにも関わらず、病気自体の原因や対処法については分かっていない情報がたくさんあります。

今回は、サンゴの病気に関する研究に取り組まれている、日本大学大学院生物資源科学研究科の和田直久(わだなおひさ)さんに、調査の様子も合わせて、ご説明いただきました。

■以下、和田さんより寄稿です。

ピンク色に変わるサンゴの病気

海の中で、よく塊状のサンゴ(ハマサンゴ属)の表面が鮮やかなピンク色を呈していることを皆さんも見た事があるかもしれません。

サンゴの病気:Pigmentation Response(色素形成応答)(提供:和田直久)

Pigmentation Response(色素形成応答)(提供:和田直久)

これはPigmentation Response(色素形成応答)というものです。

この応答は、サンゴが何らかのストレスを受けた時に示す免疫応答のサインのひとつです。
このサインには、サンゴに穴を穿(うが)ち寄生するフジツボや吸虫によっても起こる事があります(写真は寄生虫によるものではありません)。

この寄生吸虫の生活は、幼虫から成虫になる成長の過程で寄生する生物種を変えていきます。

つまり、最初は軟体動物に寄生し、次いでサンゴに宿主を変え、最終的にチョウチョウウオの仲間に移り棲むのです。

チョウチョウウオはサンゴの表面をついばむ事が知られています。
吸虫は、サンゴから宿主を変える時、チョウチョウウオがこのピンク色の部分をついばむ隙に、チョウチョウウオの体内に忍び込むと言われています。

このピンク色を呈するサンゴがすべて寄生虫を持っているわけではありませんが、このようにサンゴの病気も人知れず海の中で起こっています。

黒い帯状に変色するサンゴの病気

サンゴの病気は、大きなカテゴリーで、

  1. 白化現象
  2. サンゴを食す生物による傷
  3. 堆積物や汚染物質によって形態や生理機構に支障をきたす非感染症
  4. 吸虫や繊毛虫などによる寄生虫症
  5. 骨格が異常な成長を起こす成長異常
  6. 細菌などによる感染症

の6つに分かれると言われています。

時々、サンゴにも細菌などによる病気があるのか? と驚かれます。

サンゴの感染症は、カリブ海で1973年に報告から、世界のサンゴ礁で見られています。
これまでに18症例以上の病気が見つかっています。

カリブ海の一部の海域では1993年から17年間で、あるサンゴ2種を90%以上減少させたそうです。
しかし、18症例中で病原体が見つかったものは5症例に過ぎません。
まだまだわからないことが多いのが実情です。

私の研究対象は、初めてサンゴの感染症として1973年にカリブ海で見つかったBlack Band Disease(黒帯病)というものです。

Black Band Disease(黒帯病)(提供:和田直久)

Black Band Disease(黒帯病)(提供:和田直久)

この写真からもわかるように、海底に被覆しているサンゴの上に黒い帯状のものが見えます。
黒帯の中心が白く見えるのはサンゴが死滅し骨格が露出しているのです。
この黒帯が、サンゴの組織を浸食していき、サンゴを死滅まで追いやります。

原因は、細菌の複合体が関与すると推測されていますが、どのように発症し、病気が進行するのかわかっていません。

現在、いろいろ工夫しながら、この病気のサンゴ体内でアクティブに働く病原体がホットな場所を確定し、病気のメカニズムを解明しようと考えています。

これらの対策ですが、病巣を切り取って除去すると進行が止まる病気もあります。
黒帯病に罹ったサンゴでも、黒帯から少し正常なサンゴに食い込むように切り出すと止まりました。

解明されていない、根本的な解決方法

2007年に沖縄県慶良間諸島の海域でWhite Syndrome(ホワイトシンドローム)という病気が蔓延した時のことでした。

地元のダイバーと一部の研究者が協力し合って、ホワイトシンドロームに罹ったサンゴを部分的に切り取って食い止めたという報告もあります。
新聞やテレビでも報道されていたのでご存知の方もいるかもしれませんね。

その他では、バクテリオファージといって、細菌を殺すウイルスを投与して病原体の繁殖を防ぐ研究を進めているところもあります。
しかし、根本的な解決方法にはいまだ見つかっていないのが現状です。

サンゴの病気:黒帯の上にイシガキカエルウオ(提供:和田直久)

黒帯の上にイシガキカエルウオ(提供:和田直久)

海の生物から見ると病気もまた自然なのかぁと、この写真のように病気のサンゴの周囲の生物たちを見ていると思う事があります。

もちろん、人間社会からの排水などで病気の発生数が増加する可能性があるという報告もあり、海の生物に人間が創出した“自然”を押し付けるわけにはいきません。

人間がどのように海と関わっていくのか、私自身もよく考えながら研究を通じて海に潜っていきたいと思っています。

寄稿者プロフィール

和田直久プロフィール

和田直久(わだ なおひさ)
中卒から社会に出て、36歳で大学に入り(直し?)、現在は日本大学で博士後期課程1年。サンゴの病気解明研究に従事。

【おまけ・調査の様子レポート】
台風が過ぎた海には、風が幾分強く残り、波もまだ少し立っている。
小さな湾では所々で波の上が小さく砕けた。

台風の影響で遅れている調査の事を考えながら、BCを装着しレギュの調子を確かめる。
その音でビーチにいる海水浴客がこちらを見ている。

奇異に見えるのかもしれない。

手には黄色いフロートやデータを記入するスレートを持ち、BCのベルトに50mのメジャーを2〜3個引っ掛けている。
おまけに調査で使う1mの棒を首元からBCと背中の間に差して、海にエントリーする。

他の研究者はどうかわからないが、僕は調査用の塩ビ棒を背中に斜めに刺して、サムライのようなスタイルで潜っている。

海上をシュノーケルで泳ぎながら調査のポイントをハンディGPSで探す。
特に定期的に観察しているサンゴを探す時は、防水ケースに入れたGPSの液晶が見づらく、 時々気持ちが萎えてくる。

ポイントを見つけたら、スレートに時刻、水深、作業者名を書き込み、海底にメジャーを引いてゆく。

後はメジャーのラインを中心に2m幅内にある病気と正常のサンゴをカウントし、その群体の水深を測ってゆく。
その海域内で、どのような病気がどのくらい発生しているのかを知るために。

また、時には病気にかかっているサンゴをハンマーやヘラを片手に採取する(脚注)。
それらの病気がなぜ発症するのかを知るために。
※注:サンゴ病変部の採取は沖縄県から特別な許可を受け行っています。

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writer
PROFILE
沖縄出身の父に連れられ海に通い、水中にいることが大好きで、中高は水泳部。

大学入学と同時に始めたスキューバダイビングに夢中になり、海中世界を知って欲しいとダイビング雑誌で読者モデルをする傍ら、キラキラした南国の海で、いつも中心にいるサンゴという生物に強く惹かれていく。

大学院は京都大学理学研究科に進学し、サンゴについて学び始める。
英領バミューダにあるバミューダ海洋研究所に留学後、2013年度、京都大学瀬戸臨海実験所にて博士号取得。

現在は沖縄科学技術大学院大学でサンゴの研究に取組んでいる。
趣味でも仕事でもよく潜る。
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