サンゴ礁を科学する(第10回)

海底の砂地が海洋酸性化を食い止める!? サンゴ礁の二酸化炭素ストレス

この記事は約4分で読めます。

サンゴやサンゴ礁がさらされているストレス。
これまでに白化と病気についてご紹介させていただきましたが、今回は「海洋酸性化」について。

温暖化という単語と共に耳にする機会が増えてきているのではないでしょうか?

最初にこの単語を聞いた時、風の谷のナウシカに出てくる酸の海を思い浮かべました。
美しい海がいつかあんな状態になってしまうのでしょうか!?

海洋酸性化に関する研究に取り組んでおられる、東京大学の山本将史(やまもとしょうじ)博士に教えていただきました。

Q.海洋酸性化とはどんな現象ですか? 原因は何でしょう?

私たちが石油や石炭を使うことで、大気中の二酸化炭素は増え続けています。
その二酸化炭素は大気にとどまるだけでなく海水にも溶け込み、その結果、海水は酸性に向かいます。
ビールなどの炭酸飲料のイメージです(ビールは大量に二酸化炭素が溶け込んでいるので大げさな例えですが……)。
これを『海洋酸性化』といいます。

現在、沖縄あたりの表層海水のpHは約8.1の弱アルカリ性ですが、今後100年間で0.2~0.3低下すると言われています。
ちなみにビールのpHは約4.3です。

Q.どんな海の生き物が影響を受けるのでしょう?

私たちはpH4.3のビールをおいしく飲むことができますが、サンゴや貝類のような炭酸カルシウム骨格を持つ生物にとっては、海水のpHが0.2~0.3低下するだけでも死活問題になりかねません。

なぜなら炭酸カルシウムは酸に弱いため、サンゴの骨格そのものを溶かしたり、骨格をつくる速度を低下させたりする可能性があるからです。

サンゴ(提供:座安佑奈)

a)pH8.2で飼育したサンゴは健康だが、b)pH7.4で飼育すると骨格が溶け、イソギンチャクのようなポリプだけが残る。ただし、b)のような状態になっても生き延びている。Fine and Tchernov (2007) から抜粋

Q.すでに影響は出始めているのでしょうか?

前述のように、直感的に考えると、骨格を作りにくくなるのだろうなと思うのですが、実はサンゴでは一概には言えません。

これまで多くの研究者が、様々な種のサンゴを実験室で飼育し、二酸化炭素濃度を変化させて実験してきましたが、すぐに元気がなくなるやつ、ある程度の二酸化炭素濃度まではがんばって耐えるやつなど反応はまちまちです。
また、サンゴの成長段階によっても様々です。
一方、有孔虫(おみやげ屋さんで売られている星の砂)は、おおむね骨を作りにくくなる傾向があるようです。

また、アメリカのカリフォルニア沖では、巻貝の一種に溶解の被害が出ているのが実際に発見されました。

Q.私たちに今できることはありますか?

月並みですが、一人一人が省エネルギーを心がけ、なるべく二酸化炭素を出さない生活をすることが必要と考えます。

このような地道な努力の積み重ねがなければ、持続可能な社会は構築できないと思います。

研究者としては、より正確にサンゴ礁の生態系を理解し、二酸化炭素ストレスに対するサンゴ礁の限界値を示すことで、いまある生態系を守ることに少しでも貢献できればと考えています。

Q.世界でも海洋酸性化に関する研究の注目度は高く、いろいろなアプローチで海洋酸性化について調べてられていますが、山本博士はどのような研究をされていますか?

私自身は、サンゴ礁のなかでも砂地に注目しています。

砂地は有孔虫がたくさんいるのですが、彼らの遺骸はサンゴよりも溶けやすいのです。

一方で、彼らが溶けてくれると、海水中の二酸化炭素は減少するので海洋酸性化を一時的に食い止めることになります。

ダイバーにも研究者にもあまり注目されない砂地ですが、海洋酸性化を少しでも和らげる効果がありますので、たまにはスポットライトがあたるといいなーと思っています。

小さいエビとかトラギスとかいて、地味ですが面白いですよ、砂地。

サンゴ(提供:座安佑奈)

調査中の癒し、オグロトラギス

■プロフィール

山本将史(やまもとしょうじ)
東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻特任研究員
(独)科学技術振興機構:CREST海洋生物多様性領域プロジェクトに従事

山本将史さん
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writer
PROFILE
沖縄出身の父に連れられ海に通い、水中にいることが大好きで、中高は水泳部。

大学入学と同時に始めたスキューバダイビングに夢中になり、海中世界を知って欲しいとダイビング雑誌で読者モデルをする傍ら、キラキラした南国の海で、いつも中心にいるサンゴという生物に強く惹かれていく。

大学院は京都大学理学研究科に進学し、サンゴについて学び始める。
英領バミューダにあるバミューダ海洋研究所に留学後、2013年度、京都大学瀬戸臨海実験所にて博士号取得。

現在は沖縄科学技術大学院大学でサンゴの研究に取組んでいる。
趣味でも仕事でもよく潜る。
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