サンゴ礁を科学する(第11回)

日本人なら知っておきたい、日本人研究者のパラオでの活躍 ~パラオ熱帯生物研究所~

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パラオの浅瀬に広がるサンゴ礁

あけましておめでとうございます。
数あるイベントの中でやはり一番日本を感じるのがお正月ですよね。

2015年最初の回は、日本のサンゴ礁研究とダイバーの憧れの海・パラオの意外な深い関わりについて、琉球大学の佐藤崇範(さとうたかのり)さんに教えていただきます。

2万人を超える移民
日本とパラオの深いつながり

―――佐藤さんは普段どのような研究をされていますか?

私は、以前は、サンゴ礁の研究者に憧れて、沖縄本島や石垣島、父島などでフィールド調査を行なっていましたが、道半ばでその夢は発展的に解消(?)されまして……。

今は主にサンゴ礁を対象とした、環境教育や研究者と社会との繋がりなどに興味をもって勉強しています。
同時にサンゴ礁研究の歴史や社会との関わりについても情報収集しているところです。
意外と楽しいんです、これが。

―――パラオに古くから日本人研究者が滞在していたことを私も最近まで知らなかったのですが、パラオ熱帯生物研究所について教えてください。

今、パラオといえば、日本のダイバーの憧れの地ですよね。
パラオでダイビングをされたことがある方ならば、多くのパラオ人が親日的で、会話の中にも日本語の単語が頻繁に飛び出してくること、中心地であるコロールの街中を歩けば、戦前の建物や石碑がいくつも残っていることなどに気づかれたことでしょう。

ご存知の方も多いと思いますが、大正時代から太平洋戦争終戦までの約30年間、パラオは日本の統治下にありました。

南洋群島の中心地として「南洋庁」が置かれ、昭和14年ごろにはパラオ人の3倍近い2万人超の日本人が移住していたようです。
古い写真を見ると、なかなかステキな街並みです(今のパラオより……)。

海との関わりでいうと、カツオ・マグロ漁などの漁業で活躍した沖縄県出身の移住者(多い時で全日本人移住者の半数以上を占めていました)が、飛びぬけて泳ぎ・潜りが達者だったことを、他県出身者が驚きを込めて書き記していたりします。

また、戦前から各地の海に潜り、「潜水王」として知る人ぞ知る山下弥三左衛門の著書『海底の神秘』や『潜水奇談』にも、戦前のパラオの水中の様子が描かれていて大変興味深いです。

ナイトロックスで潜るパラオ(撮影:越智隆治)

今やパラオはダイバーの憧れNo.1の海

サンゴ礁研究のパイオニア「パラオ熱帯生物研究所」

さて、前置きが長くなりましたが、そんなパラオのコロールに昭和9年6月、「珊瑚礁ニ関スル生物学的総合研究」を行なう臨海研究所として日本学術振興会が「パラオ熱帯生物研究所」を設置しました(建物は翌年の3月に完成。今は、門柱と建物の土台しか残っていませんが、その横に記念碑が建てられました)。

当時、研究者が熱帯地域に長期間滞在してサンゴ礁に関する研究を行ない、定期的に英語の研究論文を刊行していた施設は、世界でもこのパラオ熱帯生物研究所だけだったようで、まさに世界のサンゴ礁研究をリードしていたといってもよいかと思います。

パラオ熱帯生物研究所(提供:座安佑奈)

パラオ熱帯生物研究所を復元した模型(パラオ国立博物館に展示されています

――――そこに研究員たちが派遣されたのですね? 後に日本の海洋生物学をリードされる大変な研究者になられた方が多くいらっしゃいますが、研究成果の一部をご紹介いただけますか?

研究所は、戦況の悪化から昭和18年6月にわずか9年間で閉鎖されてしまいました。

この間、27名(+現地委嘱2名)の若手研究者が入れ替わりで派遣され、思う存分、サンゴ礁を中心とした熱帯海域の研究に取り組みました。

その研究成果は、「Palao Tropical Biological Station Studies(パラオ熱帯生物研究所報告)」という英文報告で世界中に発表されました。

また、「科学南洋」という日本語の雑誌も発行されており、こちらには派遣された研究員らの学術的な関心事だけでなく、滞在中のさまざまな出来事などについても掲載されていて、研究所の日常を垣間見ることができます。

研究所では、サンゴ礁を総合的に把握するため、生物学だけではなく物理・化学・地学など、多様な研究テーマに取り組んでいましたが、やはり一番多かったのは、生物を対象とした研究でした。

パラオで研究人生の初期を過ごした、錚々たる研究者たち

サンゴ類自体を対象としていた研究者も多くいましたが、真っ先に名前を挙げなければいけないのは、やはり川口四郎先生と江口元起先生でしょうね。

川口先生は、主にサンゴの生理学的な研究をされていて、サンゴに共生する単細胞藻類が渦鞭毛藻であることを初めて示しました(ちなみに、この共生藻類を「褐虫藻」と名づけたのも川口先生のようです)。
その他にも現在のサンゴ研究の基礎となる多くの重要な研究をされてきました。

江口先生は、恩師の矢部長克先生らとともに、日本のサンゴの分類学的研究の先駆けとなった方です。
分類が進まないと、研究対象としている生物がいったい何なのか決められませんから、その意味においても研究所の発展に非常に重要な役割を果たされたと言えるでしょう。

その他にも、海の生きもの好きの方であれば、一度は名前を聞いたことがある(かもしれない)研究者たち、例えば魚類の阿部宗明先生、発光生物の羽根田彌太先生、甲殻類の三宅貞祥先生、プランクトンの元田茂先生、ホヤ類などの時岡隆先生、フジツボ類などの内海冨士夫先生など、錚々たるレジェンド達が、研究人生の初期をパラオ熱帯生物研究所で過ごされたのです。

そして忘れていけないのは、研究所の設立に尽力され、所長としてもこれらの若手研究者たちのよき指導者として慕われた畑井新喜司先生の存在です。

この先生も大変に興味深い経歴をお持ちの方なのですが、今回は割愛させていただきますね(畑井先生とパラオ熱帯生物研究所については、荒俣宏著『大東亜科学綺譚』などにも詳しく紹介されています)。

ちなみに、派遣された27名の研究員の中で私の推しメンは、研究所初代メンバーとして基礎調査とサンゴなどの生態・行動を研究され、後に山形大学農学部の教授をされた阿部襄先生です。

パラオ時代も含めたフィールドワークの研究成果を小・中学生でもわかるようにまとめた科学書『貝の科学』『パラオの海とサンゴ礁』は必見です!
(絶版ですが、図書館や古書店などでぜひ探してみてください)

パラオ熱帯生物研究所(提供:座安佑奈)

研究所跡地に残る門柱。右奥に見えるのが2001年に建てられた研究所の記念碑

実は私も数年前にコロールにあるパラオ水族館を併設した「パラオ国際サンゴ礁センター(Palau International Coral Reef Center)」で働いていたことがあるのですが、この施設も「パラオ熱帯生物研究所」と深いつながりがある施設なんですよ。

パラオに行かれる機会がありましたら、水族館にもぜひお立ち寄りください!

またセンターでは現在、琉球大学のサンゴ礁研究者らと「パラオのサンゴ礁の未来を守る」共同プロジェクトを実施しているので、こちらの研究成果も乞う期待です!

まだまだお伝えしたいことはたくさんありますが、今回はこの辺で。
またいつか機会がありましたら!

興味深いお話をありがとうございました。
80年も前から、現在もなお、多くのダイバーそしてサンゴ礁研究者を魅了しているパラオの海に、今年はぜひとも潜ってみたいものです。

パラオ熱帯生物研究所(提供:座安佑奈)

当時、「岩山湾」と呼ばれていた(現在はNikko Bay と呼ばれている)エリアの岩面には、80年前に研究員がペンキで書いた調査地点番号が今でもいくつか残っている(写真に写っているのはVII番のもの)

*川口四郎先生が「科学南洋」に書かれた「造礁珊瑚研究資料」を英訳した「Materials for the Study of Reef-building Corals」が、2012年に日本サンゴ礁学会の英文誌「Galaxea, Journal of Coral Reef Studies」の特集号として出版されました。
以下のサイトに公開されておりますので、ご興味がありましたらぜひご覧ください。

佐藤崇範(さとうたかのり)

琉球大学国際沖縄研究所技術補佐員・沖縄県サンゴ礁保全推進協議会理事 佐藤崇範

■プロフィール
琉球大学国際沖縄研究所技術補佐員
沖縄県サンゴ礁保全推進協議会理事

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writer
PROFILE
沖縄出身の父に連れられ海に通い、水中にいることが大好きで、中高は水泳部。

大学入学と同時に始めたスキューバダイビングに夢中になり、海中世界を知って欲しいとダイビング雑誌で読者モデルをする傍ら、キラキラした南国の海で、いつも中心にいるサンゴという生物に強く惹かれていく。

大学院は京都大学理学研究科に進学し、サンゴについて学び始める。
英領バミューダにあるバミューダ海洋研究所に留学後、2013年度、京都大学瀬戸臨海実験所にて博士号取得。

現在は沖縄科学技術大学院大学でサンゴの研究に取組んでいる。
趣味でも仕事でもよく潜る。
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